親友に夫を奪われました

9 サイラのざまぁ

 アランとは1年ほど前に知り合い、ずっと付き合っていた秘密の彼氏だった。私はアランと逃げて、隣国で新たな生活を始めた。アサート宝石店にあった宝石類を残らず盗んでお金に換えると、かなり贅沢な暮らしができて、私達は順調に幸せの階段を登る。アランが始めた商売も成功し、大きな屋敷とピカピカの馬車に、複数の使用人が私達のものになった。そうなると足りないものを求めてしまうのが人間だ。

「アランとの子供が欲しいわ」
「うん、そうだね。せっかく築きあげたこの生活を完璧なものにするには子供が必要だよ。俺達の子供はきっと可愛いぞ」
 私はアランと手を取り合って、大きな幸せを噛みしめていた。私は全てを手に入れたような気がしていたのよ。年下の見栄えのする夫に愛されて、豊かな暮らしをする私は完璧に勝ち組だわっ。

 けれど、私達の仲は良好ですぐにでも子供ができると思っていたのに全くできない。結局5年経っても子供には恵まれず、病院での不妊治療費だけがかさみ、全く効果がでることはなかった。その頃からだ。子供を置いてきたことを悔やむようになったのは。いつでも子供なんか産めると思っていたから置いてきたのに、できないとなるとその存在がとても貴重なものに思えた。

「置いてきた子供を迎えに行っちゃだめかしら?」
「宝石を盗み、偽名を使って暮らしている俺たちが、迂闊なことはしちゃだめだ。祖国に戻れば窃盗罪で捕まるよ」
「でも・・・・・・様子を見に行くだけなら大丈夫よね?」
 
 目立たぬように、子供の姿だけ見て帰るつもりだった。けれど、アサート宝石店があった場所は雑貨屋になっていていたし、その店主は見知らぬ男だった。

(ティアやエルネはどこにいるの?)

 必死で行方を捜すと、なぜかアロイスの屋敷に引き取られていたことがわかり・・・・・・急いで子供の顔を見に向かう。ひと目だけでも顔が見たい。


❁.。.:*:.。.✽.


「お母さまぁー。お誕生日、おめでとぉーー」
「お母様、おめでとうございまぁす」
「おかあちゃま、おめでとーー」
 アロイスの屋敷の庭園は季節の花々が色とりどりに咲き乱れ、3人の子供達の声が明るく響いていた。庭に設けられたガゼボは立派で、多くの使用人達がテーブルにご馳走を運んでいる。私が住んでいた頃よりもずっと壮麗な屋敷になっており、増改築をしたことがうかがえる。私が今住んでいるお屋敷よりも数倍大きくて豪華だ。庭には人工池まであった。間違いなく、またさらに出世したのだわ。
 
(それに、今日は・・・・・・思い出した! ロレーヌの誕生日だったんだ)

 幸せで裕福な家族が誕生日を祝うさまを、ただほんやりと見ていた。赤児を抱いたアロイスと慈愛に満ちた表情を浮かべるロレーヌが、三人の子供達と楽しそうに話しをしケーキを食べる。世話を焼く使用人達は、皆お揃いのメイド服を着て、まるで貴族の屋敷のように優雅だ。

「お母様が世界中で一番大好き。次はお父様」
 5年の間になにがあったのか、ティアはすっかりお行儀の良いお姉ちゃんになっており、エルネのこぼしたケーキの欠片をナプキンで拭きながら、愛らしく微笑んだ。眩しいほどの理想の家族がここにある。羨望と嫉妬で喉がしめつけられて目眩までする。

(ロレーヌめっ! 私から子供達を奪ったのね?)

 自分が子供達を捨てたことも忘れて、私はロレーヌに大切な物を奪われた気がしてしようがない。この屋敷も庭園も使用人達も、全てが私の持っているものより、ずっと輝いて見えた。

「なぜ、ロレーヌだけが全てを手に入れているの? アロイス先輩の愛も子供も、ますます立派で豪華になっているお屋敷も、本当なら私のものだったはずなんだ! なんで、お前が奪うんだーーぁっ!」
 以前よりずっとすばらしくなっているお屋敷。屋敷を囲うフェンスは見上げるほど高く、門も閉まっていたので入ることはできない。だから、フェンスの外から声の限りに叫んだ。

「ティア、ママよ!覚えているでしょう? ほら、私が本当のママよ」
 ティアは引きつった表情を浮かべた。あれから五年も経ったティアには昔の我が儘だった片鱗はない。

「父さんから、母さんは事故で亡くなったと聞いています。その父さんも建築現場の事故で二年前に亡くなって、施設に預けられるところを、ロレーヌお母様に助けてもらったわ。だから、私とエルネのお母様はロレーヌお母様だけよ!」
「私のところに来なさい。うちだってお金はあるし、苦労はさせないわ。やっぱり血が繋がっていることが大事なのよ。ロレーヌなんて偽物のお母様だわよっ!」
「しらないおばさんはあっちいけーー! だいすきなロレーヌお母さまはにせものじゃないもん。うっ、うわぁーーん!」
 エルネに睨み付けられ、号泣しながら拒絶されたショックは大きい。心の底からロレーヌを母親として慕っているのがわかった。

 目の前にいるロレーヌの、あまりにも完璧すぎる幸せな姿に、嫉妬で視界が歪む。身体から力が抜けて膝から崩れ落ちた。

(なんで・・・・・・ロレーヌばかりが幸せになるの? なぜ、いつのまにか、私から全部を奪っているのよ?)

「早くこの国から出て行かないと保安局の役人を呼びますよ。今日は見逃してあげますから、二度とここには現れないでちょうだい」
 ロレーヌは嫌悪感いっぱいの瞳で私を見た。子供達を守ろうとする母親の目だった。


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 ロレーヌの完璧な幸せを見てしまった私は、もう自分の幸せを感じることはできなかった。どんなにお金があっても、着飾っても、美味しい物を食べようとも・・・・・・心にポカリと穴が開いたままで、数え切れないため息をついては日々を過ごす。

 やがて病気になったアランにも先立たれ、いよいよ一人ぼっちになると、寂しさは増すばかりで・・・・・・でも、やっと私の思いに気づいて、ティアが孫を連れて戻って来てくれた。今は家族に囲まれてとても幸せだ。

「おぉ、よしよし。お腹がすいたねぇーー。すぐに家に戻ろうね」
 孫を散歩させるのはとても楽しい。今日も晴れているし、孫は滅多に泣かない。

「ほら、頭のおかしい老婆が通るよ。あの大きな石を孫だと思っているみたいだよ。気の毒になぁ」

 なにかすれ違いざまに呟かれたが、よく聞こえない。あぁ、そうか、この私がきっと羨ましかったのに違いない。少しもくずらない孫は私の自慢だからねぇ。

 ほら、そこのあんたもあやしておくれよ。可愛いだろう? 私の孫娘だよ、ヒーッヒッヒッヒ。
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