お願いだから、キスしてください!〜妖精だけど人間に恋をしています〜

 妖精の通路であったトンネルから出ると確かにそこは湖のほとりだった。空には満月が輝いている。今夜は満月だったか、とフィオンはしばし考える。バルコニーで見上げた月はもう少し欠けていたような。となれば時間の進み具合が人間界と妖精界では違うのか、はたまた妖精の通路を丸一日以上歩いていたことになる。そんな疑問をバイオレットに聞いても納得する答えが聞ける気がしなかったので、フィオンは自分の中で留めることにした。
「月の妖精は怖いのか?」
「怖いよ! 命のかけらを集めてるんだよ。あのコレクションを見つめる顔ったら怖すぎてあたしは吐くかと思ったね」
 そんな怖い妖精のところへ、行く勇気がよくあるなとフィオンは逆に感心をする。しかし、行くしかないのだとも悟っていた。メリンのためだ。
「願いを叶えるのと引き換えに、何かを月の妖精に渡さなくちゃいけないんだ。あたしも一度しか会ったことがないけど、何を要求されるかわかったもんじゃない。だからあんたの呪いはあんたが自分でお願いしなよ」
 フィオンは残念ながら手ぶらだ。お守りがわりにしている指輪をつけているだけで、アクセサリー類も剣も服も、価値のありそうなものは全て置いてきてしまった。やはり命を差し出さなければならないのだろうか。ならば呪いは解いてもらわずとも良いかとまで思えてしまった。なるようにしかならないのだ。
 バイオレットはつっけんどんに言った。
「それより早く行かなきゃ」
 水辺まで行くと、「あっ」とバイオレットが声を上げた。
「どうした」
「あんた空を飛べないじゃん。どうやって湖の上の月を追いかけたらいいんだ」
 月の妖精に会うにはなかなか難しい道を通らねばならないようだとフィオンは理解した。
「船でも探すか」
 湖面を見渡すが、そもそも人間の来る場所ではないのだから船などあるはずもなかった。
「どうしよう。まずあたしが一人で行って……でもきっとダメだ。余計な道は開きたくないって言ってたし、来るもの拒まずタイプだけど自力で来れないなら来なくてヨシって言いそう。やっぱりなんとかして飛ばさないと」
 バイオレットはそう言って辺りをキョロキョロ見回した。
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