わたしたちが死にたかった夜にも、きっと意味はあったんだ───。


 その声を聞いた途端、わたしはやっぱり体中にのしかかっていた重い何かが離れていくような、そんな安心感に包まれた。

 蛍さんから逃げたのは紛れもないこの自分自身なのに、あんな酷い言葉を吐いて傷付けたのに、また自分の名前を呼んでもらえてわたしはどうしてこんなにも喜んでしまっているのだろう。


「っ蛍、さん……」


 そう弱々しい掠れた声でその名を呼び、蛍さんに駆け寄ろうとしたわたしの足は動かなかった。まるで金縛りにでもあったかのように、わたしの足はあちら側へ行くのを許してはくれなかった。

 そんなわたしの様子に気付いたのか、蛍さんははっとした表情をしてわたしの元に走って来る。その顔には、わたしを酷く心配する疲労の色が浮かんでいた。


「……もう、ここへは来てくれないかと思った」


 悲しげな蛍さんの声が、まだ昼間なのに誰もいない公園に響く。そんなの、わたしが言うセリフなのに……。

 本来その気持ちを持つのは、わたしなはずなのに、蛍さんはなぜこんなにもわたしに優しく接してくれるのだろう。

 偽善者、だなんて。そんな言葉だけは絶対に蛍さんには似つかないのに。わたしは一体、どうしてあんなことを言ってしまったのだろう。

 自分の思い通りの返答が返ってくると、本気でそう思っていたのだろうか。そう思うと背中に寒気がするほどに、そんな自分自身に虫唾が走った。

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