交際0日ですが、鴛鴦の契りを結びます ~クールな旦那様と愛妻契約~
一、結婚のお誘い
7月初旬。例年より早く、随分と慌ててやってきた台風がもたらす風雨は、こじんまりとした〝古嵐定食〟の静けさをいっそう強めた。
「いやあ、今日はもう店、閉めるか」
「そうねぇ。これから酷くなるって言うし、雨漏りの対策をして大人しくしていましょう」
父と母の会話を聞き、私も頷く。
「じゃあ私、暖簾片付けてくるね」
そう言って外に出ると、今は風より雨が強く降っていて、曇天の空を見上げて内心でため息をつく。
台風が来ることは知っていても臨時休業せずにいつも通りに店を開けなければならないくらいには、うちの定食屋は経営の危機に陥っている。
1ヶ月ほど前のことだ。雇っていたアルバイトが、有り金を盗んで行方をくらませてしまったのだ。
警察には行ったし、アルバイトの子が捕まるのも時間の問題だろうけれど、お金が戻ってくる可能性は極めて低いとのこと。
家庭のような暖かい食事が食べられる飲食店を経営するのが昔からの夢だった父と母によって、今からおよそ30年ほど前に看板を上げたのが『古嵐定食』だ。私、古嵐小梅(こうめ)は、そこのひとり娘として生まれ育った。
物心着く頃には店頭に立ち、手伝いをしてきた身としては、余裕がなくてもお客さんに愛され繁盛してきた古嵐定食を、どうにか残したい。
ここからほど近いクリニックの事務職に就職してからは休日しか来られていないが、ここでの思い出はどれも大切なものばかりだ。
父も母も私の前では言わないけれど、ずっとふたりでやってきた大切なお店で初めて雇ったアルバイトのしでかしたことに、ショックは大きいだろう。
お客さんは相変わらず来てくれるが、盗られた分のマイナスを取り返すには十分とは言えなかった。
私も何度か一緒に働くこともあったアルバイトの子のことを思い出して憂鬱になってきたところで、思考を追い出すように深呼吸をする。
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