愛されていたとは知りませんでした。孤独なシンデレラは婚約破棄したはずの御曹司に秘密のベビーごと溺愛される

王子は家事育児に目覚める

昴はありがたさと物足りなさが入り混じった、複雑な気持ちだった。

定時出社に定時退社。
さらにはフレックスを大いに活用しての勤務だが、なぜか周囲からは大賛成だと両手を挙げた意見しか聞かない。

但馬が言うには関わりの少ない社員達も同じ意見らしく、なんなら数日のバカンスでも行ってくればという状況だ。
難しい案件を扱っていないこと、仕事をセーブしていることもあるが、自分がいなくとも会社は回ると言われているようで素直には喜べない。

副社長という立場は思っている以上に脆いのだと痛感している。

「今日はもう帰ったらどうですか」

書類の整理をしていた但馬が無表情に言った。

決済書類に承認をしていた手が止まる。

「まだ仕事はある」

「来週が期日の書類でしょう。今週は花蓮さんのシフト、ずっと変則で遅かったじゃないですか。 遅いなら、買い物をして夕飯でも作って待っていてあげたらいかがです。その方が、お子さんの食事を待たせなくて済むんじゃないですか」

「……詳しいじゃないか」

花蓮の職場で急に辞めてしまった人が居て、一時的に人員不足に陥っている。

怪我で迷惑を掛けてしまったと、完治した花蓮は少しでも役に立てたらと勤務時間を延ばしているわけだが、但馬が気遣ってくれているのはわかったが、なんとなくムッとしながら返事をする。

「昨日も同じシフトで、さらには副社長の迎えもぎりぎりで会社の車を利用したからですよ。あなたが電話で席を外したとき、花蓮さんが車の中で仰ってたんですよ。仕事はそのうち慣れるけれど、歩那さんがお腹を空かしてグズってしまうのが可哀想だと」

「さすが、二児の父は違うな」

つい先日、二人目が産まれた但馬は家事育児に熱心だ。
感心すると、但馬は眼鏡をくっと指で持ち上げた。

「父親ですが、わたしはひとり目の時は仕事で忙殺されて、殆ど関わってあげられませんでしたからね。ですが最近、副社長のやっと始まった春のおかげで家庭にさける時間が増えたんです。本日も可能ならば、一分でも早く退社させていただきたいものです」

但馬が結婚してから三年。婚前の付き合いも三年ほどだった記憶がある。恋人気分も新婚気分も継続中で、変わらず奥さんを溺愛していているようだ。
いったい色ぼけしているのはどちらだか。

「いくらなんでも、フレックスを濫用しすぎるのは社員から不満がでると思うんだが」

画面の中の書類に目を戻し、自分の名前の入った電子印を押すと書類は承認のフォルダに入った。
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