【完結】鍵をかけた君との恋
 曇った表情を向ける私に、凛花の笑顔が萎えていく。それに胸はちくりと痛むが、それでも私はやめられない。

「私、凛花みたいに今幸せじゃない。凛花が陸と付き合ったからって何、私は森君と付き合わなきゃいけないの?は?何それ。私、森君のことが好きだっていつ言った?」

 彼女と喧嘩はしたくない。けれど歯止めがかからない。彼女の焦慮が見えた。

「ご、ごめん乃亜っ。森君とのこと、私しつこすぎたね、ごめん」

 手の平を返したように謝って、それなのにてへへと笑って。曖昧な態度の彼女に虫唾が走る。

「乃亜、本当にごめんっ。もう言わないから」

 そして彼女は私がそれだけに対して不満を抱いていると、そう思っている。結局私の胸の内など、家庭環境など、誰も興味がない。惨めだ。

「乃亜、まじでごめ──」
「もうどうでもいいってば!」

 いきなり取り乱した私を前に、彼女は恐怖すら感じたかもしれない。

「どうでもいいよ、もう!私どうせ恵まれてないもん!お母さん死んで、ひとりぼっちで、恋愛だって全然うまくいかなくって!」

 やめろ自分、と言い聞かせる。凛花には関係ないよ、と諭す。けれど。

「凛花はいいよね!心配してくれる親もいて、陸だっているし!それに比べて私見てよっ!家族なんてあんな浮気性のお父さんしかいなくて、お父さんに彼女ができる度振り回されてさ!本当惨めだよ!」

 アウトオブコントロール。自分で自分に手がつけられぬ。

「身勝手なお父さんも、勝手に死んだお母さんも、何もわかってくれない凛花もまじでうざい、大嫌い!もう人生どうでもいい!全部全部、どうでもいいよ!」

 涙は感情と共に放出されて、頬を伝う。凛花を傷つける為に用意された道具は、言葉と鋭い目つきとこの涙。酷く傷ついた様子の彼女の目にも涙が溜まる。それを流さまいと必死に堪えた彼女は言った。

「……何、それ」

 幻滅したその顔に、瞬く間に後悔が襲ってくる。

「なんで、なんで人生どうでもいいとか、そんなこと言えるの?乃亜は受験頑張って高校行ったし、私じゃできなかった恋だって中学の頃からいっぱいしてて、色んな人に愛されて。それに、私とだってたくさん楽しい思い出作ったよね?それなのになんで……なんでそういうの全部なかったような言い方すんのよ!」

 怒りと悲しみを混ぜた瞳が、今にも彼女の顔から零れて落ちてしまいそうなほどに、くわっと広げられていく。

「うざいって何?大嫌いとかふざけんな!勝手に捨てんな私のこと!そんなこと言うなら……そんなこと言われるならこっちだってもういいよ!」

 その刹那、彼女が言葉を止めたから。今まで聞こえなかった蝉の声がした。

「どうでもいいなら死んでくれない?」

 蝉の声が耳を突く。彼女の言葉が木霊する。

「どうでもいいなら、ここで死んでよ」

 体一帯、辿る汗。暑くて怠くて、今にも死にそうだ。


 普段の凛花なら着そうもない、フリルがついたシャツで涙を拭う彼女を見て、今日という日を楽しみにしていたのだと、今更気付く。
 時折鼻を啜りながら、彼女は言った。

「乃亜に何があったかよくわかんないし、わからなくてごめんだけど!人生どうでもいいとかそんな言葉、死ぬ気もないくせにもう二度と使うな、ばか!」

 私はそれに、何も返せなかった。

 彼女が自分よりもだいぶ大人だと思ったのは、トイレから戻ってきた陸と森君に、最後まで気丈に振る舞ったことだ。
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