【完結】鍵をかけた君との恋
「ごめん」

 長い沈黙を越えて、彼は言った。私はゆっくりと顔を上げる。

「俺がきちんと避妊をしなかったせいで、乃亜に辛い思いをさせちゃったね」
「ううん、私も悪いの」

 落ち込む彼に、胸が詰まる。

 顔の前で祈るように手を組んで、その手に額を落とす彼は、何かと葛藤しているようにも見えた。

「乃亜ごめん。今言うべき言葉じゃないとわかっているんだけど、色々頭に浮かんだ中で、一番伝えたいことだから言ってもいい?」
「う、うん」

 一体何を言われるのだろうと怯えたが、彼は私の意表を突いた。

「ありがとう」

 目を見て、はっきりとそう言われた。

「純粋に、ふたりの間でできた赤ちゃんを愛しく思った。俺と乃亜の子を、今お腹の中で育ててくれてありがとうって、そう思った」

 身篭った当の本人は、妊娠が判明したその瞬間、米粒ほどの喜びさえも抱かなかったというのに、どうしてこの人は目にも見えぬその子を愛しいと思えるのか。

「乃亜は産まないって決めたのに、こんなこと言われても困るよね、ごめん」

 ははっと申し訳なさそうに笑う彼。中学三年生とは思えぬ中身、振る舞いに、脱帽した。

 彼との最後のデートとなる今日は、葬式にも似た雰囲気が漂うだろうと確信していた。しかし彼は、感謝を口にしてくれた。そして続けて、予想だにしていなかった未来を話す。

「乃亜の家と俺の家に行って親に話したら、すぐに病院へ行こう。それと、別れの話しなんだけど……」

 彼は「ごめん」と俯いた。

「また今度でもいいかな、その話。俺達の子供の前で、そんな話したくないよ」

 その言葉は、衝撃的だった。中学生だろうがなんだろうが、自分が親であることには変わりないのだと認識させてきた。

 まだペタンコのお腹を触ってみた。普段は痩せただの太っただのの目安でしかないこの場所が、彼のそのひとことで赤子の小さな部屋のように感じた。

「お願い乃亜。その子とお別れするまでは、俺を彼氏でいさせて欲しい。我儘でごめん」

 謝らなければいけないのは私の方だと思った。お腹の子を置き去りに、自分の気持ちしか考えていなかった。
 私がうんと頷くと、彼は安心して微笑んだ。
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