冷徹御曹司は想い続けた傷心部下を激愛で囲って離さない
三章 あなたにからめ取られていく
 絵美(えみ)とよく利用する中華ダイニングは、カジュアルな店内の雰囲気もさることながら、料理自体も絶品だ。
 しかし久しぶりに会った絵美は、あさひが景と別れたと話すと、お気に入りのエビチリもそっちのけでボブヘアの髪を振り乱した。

「そんなの別れて正解だっての! 二股なんて、クズよクズ。優男っていうか、ただの優柔不断じゃない。サイッテー!」

 あさひは慌てて「しーっ」と唇に指を当てる。
 周りを気にして見回したけれど、ほかの客もそれぞれに話に興じており、誰もあさひたちの大声に気づいた風もない。
 あさひはほっとして、野菜炒めのパプリカを箸でつまみ上げた。
 野菜炒めはジューシーな食感を生かして豪快にカットされた野菜がごろごろと入っており、甘辛いタレともよく絡んでいくらでも食べられる。ビールにも合いそうだ。
 先日の反省を踏まえて、禁酒中だけれど。

「それでその後、ふたりとは?」
「部署が違うから、そんなにふたりを見る機会はないけど。目に入っちゃうとまだ……キツいかな」

 もしもあのまま購買部で、景と結麻のイチャイチャを見せられていたらと思うと、ぞっとする。

「そんなの当たり前。目に入るたびに呪っておきなよね。女のほうにも、電車の改札を通ろうとすうたびにエラーが出る呪いをかけるといいわよ」

 ローファーのつま先でフロアの床をカツカツと叩き、絵美が息巻きながらタートルネックニットの袖を肘までまくり上げる。  そうすると、絵美の持つマニッシュな印象が際立つ。

 絵美は、如月モビリティーズの正規販売特約店、いわゆるディーラーである如月セールスに勤めている。
 あさひたち本体――グループの筆頭企業である如月モビリティーズのことを、グループ会社の人間はそう呼ぶ――の新入社員は、入社後にまず三ヶ月間のディーラー研修が義務づけられている。絵美はあさひが研修配属された店舗に、如月セールスの新入社員として入社していたのだった。

 裏表がなくさっぱりした性格の絵美と、人当たりのやわらかなあさひは、ふしぎとうまが合った。そのため研修期間が終了し、あさひがグループ本体に戻ってからも親交が続いている。

 今では、血の気の多い絵美をあさひがなだめ、言いたいことを飲みこみがちなあさひの代わりに絵美が怒る、という構図ができ上がっている。

「でもあさひ、思ったより傷浅かった感じ? 意外と落ち着いてるよね。もっとどん底かと思った」

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