Einsatz─あの日のメロディーを君に─

第18話 馴染めないクラス

 三年になって、塾でも席替えがあった。
「やった、角の席」
「ええー、美咲ちゃん良いなぁ」
 教室も変更があって、黒板に向かって右の一番後ろは椅子のすぐ後ろが壁だった。隣に人がいると入りにくいけれど、机と壁に囲まれて居心地が良かった。ちなみにクラス替えはまだなので、斜め前に裕人と、二つ前に彩加がいた。裕人の左に竹田がいて、黒板に向かって左後ろの角は朋之だ。

 角の席は、非常に嬉しかったけれど。
(めっちゃ邪魔や……)
 斜め前に座る裕人の頭がかなり邪魔だった。彼は学校では分けも上げも何もしない普通の髪だったのに、塾では違っていた。化粧品メーカーのムースのCMに出ていたイワトビペンギンのように全ての髪をガチガチに固め、これでもかというくらい『スーパーハード』に立てていた。固めた先端までを見ると、頭の倍の大きさはあったはずだ。
 それが邪魔だった。
 美咲は角なので黒板を見るには裕人のほうを向く必要があり、けれど髪が邪魔をしていつも左右どちらかにずれていた。先生は何も言わなかったけれど、美咲が困っているのは見えていたはずだ。

 学校でもさっそく席替えがあり、美咲と侑子は別の班になってしまった。しかも、
(なーんでーよーっ!)
 メンバーが悪かった。女子は頭の良い河辺(かわべ)友紀(ゆき)と、その友人でやんちゃな山村(やまむら)(あずさ)。男子もやんちゃな菅本(すがもと)祐樹(ゆうき)に、裕人、高井。しかも美咲の隣に高井だ。
(やってられん……高井うるさいし大倉君は相変わらず塾の宿題してるし……菅本君は……ちっこいし……関係ないか……)

 三年になった頃から、美咲はなぜか友紀と梓に敵意を持っていた。特に何かがあったわけではないけれど。
 しかも彼女らはそれぞれ高井に『パンダ』、『カエル』と名づけられていた。
「うっさい、パンダ! 黙れ、カエル!」
「あんたが黙れ!」
「うっさい、このっ……、カエルめ!」
 美咲の後ろに座っていた菅本がたまにその会話に入っていたけれど、美咲と裕人は絶対に入らなかった。元々嫌いなパンダ・カエル、それから高井と関わりたくなかったし、勉強しているほうが良かった。

 三年が始まって数週間経っても、美咲は学校が楽しくなかった。友人と会えるのは良いけれど、クラスが本気で嫌だった。
(去年のクラスが強烈やったからかな……)
 いろんな意味で絡みやすい彩加と比べ、侑子が絡みにくかったからだろうか。知っている人ばかりで新鮮味がなかったからだろうか。それまで美咲は学校も塾も同じくらい楽しかったのに、明らかに学校が嫌いになった。

 数学の時間はよく班で机を合わせて難しい問題は協力して答えを出すように言われ、それも嫌だった。高井の前が嫌だった。パンダの横が嫌だった。カエルと菅本と合わせて四人がうるさかった。そもそも三年五組には、美咲が『良い感じ』と思える人が十人もいなかった。

 受験生ということもあってか、担任との懇談がいつかの放課後にあった。
「紀伊さーん、一年間よろしくお願いします」
 松山は総合的には良い人だと思うけれど、何となく嫌だった。去年のあのバカクラスが楽しかったのに、「平和なクラスになって欲しい」なんて、言ってしまった。具体的に何があったのか話したら、松山は笑っていた。教室の掃除をしているときに升岡が忍者アニメのタイトルを呟いていたこともあった。呟きながら、裕人と破壊大魔王と一緒になって、天井に箒で画鋲を刺していた。箒が何故か折れたのはその頃だっただろうか。

 四月下旬には、卒業アルバムに載せる個人写真の撮影があった。通学路になっている学校前の坂道で、植物の緑を背景にして撮った。
「はーい笑って笑ってー」
 カメラマンがそう言う後ろで、クラスの男子たちは写されている子をずっと見ていた。
 そんな中で写されるのは非常に嫌だった。
(はあ? なんやねん! どっか行けー!)
 美咲の番になったとき、愉快な先生が変なポーズをしたり、前の担任が手を振ったりしていた。なんとか笑顔を出そうとしているのはわかるけれど、逆に笑えなかったし、出来上がった写真もやはりひどかった。

 体育は二クラス合同なので、女子は偶数クラスで着替えることになっていた。五組だった美咲と侑子は、六組の教室後ろの棚に荷物を置いて壁に向かって着替えていた。
「あ、K.K.君って六組なんかぁ」
 K.K.君とは当時、侑子が気になっていた生徒だ。
 いつの時代も、クラスの後ろの壁には自己紹介が貼ってあるものだ。
「え? 尊敬する人……ははは、美咲ちゃん、ここ見て」
「何? ……ええ? なにこれ?」
 K.K.君の尊敬する人は、何故か朋之だった。
「何を尊敬するんやろ?」
「この人って、あの人やんなぁ?」
 美咲と侑子は笑っていた。
 K.K.君と朋之が一緒にいるのを見たことはあるけれど、何を尊敬するのかは不明だ。朋之はやはり真面目というよりは愉快なキャラクターらしい。

 五月になってから、前期の生徒会役員選挙があった。学年代表に立候補していた竹田は、無投票当選していた。もし他に候補者がいたら、美咲はそちらに投票しただろう。
 生徒会が決まってから、各クラスの係が決められる。美咲は文化係になりたかったけれど、また体育係になった。侑子と一緒だったので特に不満はなかったし、一年の後期から二年の全期とずっと体育係を続けているので、仕事内容も全学年の各係が集まる専門部会も、すべて把握して習慣になっていた。
 もう一度言うけれど、美咲は運動が苦手だ。
 それなのに体育系のイベントのときは準備に駆り出され、放送部だったのでマイクのセットに駆り出され、だいたいピアノ担当だったので打ち合わせに召集され、誰の指示で動いているのかわからないことも多かった。

 学校の生活には多少は慣れてきたけれど、それでもまだ楽しくはなかった。
 受験生だから勉強に集中することは出来たけれど、なんとなく嫌だった。
(あーあ……絶対あのとき、先生に彩加ちゃんと離されたんや……)
 もちろん、それが美咲のためだとはわかっているけれど。
 侑子とも仲が良い、なんて、言わなければ良かった。
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