Einsatz─あの日のメロディーを君に─

第19話 優等生の発言

 六月になってから、金曜日の六限目に選択授業が入った。成績に影響したかは覚えていないけれど、いくつかの授業の中から前期・後期で好きなものを選んだ。

 美咲が前期に選んだのは合唱だった。彩加も同じだった、というよりは、部室や塾で話をしてから希望を出した。

「えー、先生ー、ポピュラー音楽って書いてたのに!」
 選択授業一覧の合唱の欄には、確かに『ポピュラー音楽を歌う』と書いていた。だからほとんどの生徒が流行りの音楽を歌うと思っていたけれど、最初に配られたのはジブリアニメのテーマソングだった。
 篠山は混声三部合唱にしたかったらしいけれど、男子がゼロだったので女声三部になった。ソプラノ・メゾソプラノ・アルトのうち美咲はソプラノを希望したけれど、メゾが少なかったので変更した。
 他にも数人がメゾに移っていたけれど、美咲の異動は無意味なものになる。

「誰かにピアノ弾いてもらおうと思ってるんやけど……美咲ちゃんどう?」
 授業が終わってから礼のとき、篠山が言った。
「メゾの人数減るんじゃないん?」
 その日は決まらずに帰ったけれど、翌朝、美咲は朝一番に篠山のところへ行き、ピアノを弾きます、と言った。

 班替えをするので三人組を作っておくように、と担任に言われたけれど、やはり女子には難しいらしい。四人組はいなかったけれど、二人組が多いせいでなかなか決まらなかった。何とか纏まりかけても最後は二人と四人に分かれてしまい、担任も困っていた。四人の中には美咲と侑子がいた。

 担任に会うたびに、美咲と侑子は「男子二人と女子四人の班はダメなのか」と聞いた。三年五組の男子は十七人で、二人のグループが出来ることはわかっていた。何とか説得してそれで了解してもらえることになった。一緒になった男子二人は裕人と、もう一人は美咲の小学校のときの初恋の相手・松尾(まつお)だった。もちろん既に気持ちは冷めていたので、特に問題はなかった。

 班の席は教室の真ん中の後ろで、江井中は後ろの壁の中央に掃除道具入れが設置されている。同じ班になった他の女子二人とはほとんど関わった記憶がないので省略するけれど、一番後ろの左に裕人がいて、その前に侑子、隣に美咲で後ろに松尾だった。高井やパンダ、それからカエルと離れたのは嬉しかったけれど、この男子二人には困った。美咲にとってはある意味どちらも親しみやすかったけれど、それにしても微妙だった。

「大倉君ってちょっと怖いなぁ」
 帰り道、侑子が美咲に言った。
「怖い? あー……確かに最初は怖いな」
 江井中の柄の悪さを気にしていた美咲が慣れているように、裕人は本当に面白いキャラだった。けれど見た目、特に素が怖かった。学校で塾の宿題をしているときは、普段と雰囲気が違っていた。修学旅行の時はスーパーハードでサングラスをかけていて、慣れている美咲でも少し怖かった。機嫌が悪い時なんて、見れるものじゃなかった。

「美咲ちゃん、えらい(ややこしい)クラスになったなぁ」
 塾へ行く電車の中での彩加の発言だ。
「ほんまやわ……高井は席離れたから良かったけど……はぁ……」
 塾のクラス替えが行われたあとで、美咲はクラスを一つ落として選Bになってしまっていた。しかも高井も入塾してきていて、同じクラスで席は通路を挟んで隣だった。美咲が彼に親近感を持つようになったのはその頃からだ。
「一組ってどんなん? 森尾とか一緒やろ?」
「あいつ最近めっちゃ静かやで」
 森尾は受験を意識しているのか、大人しくしているらしい。

 その頃、中学総体が行われていて、サッカー部の男子が途中で抜けた日があった。美咲の班の裕人と、それから高井や菅本もサッカー部で抜けて教室にいなかった。班の松尾はよく裕人と話していたけれど、裕人がサッカーに行ってからは美咲に話しかけていた。よっぽど暇だったのだろうか。

 塾では試験対策授業になっていて、危険物体たちを久しぶりに見た。行き帰りにはいつも見ていたけれど、久々に懐かしいメンバーに囲まれて美咲は嬉しかった。裕人と高井は総体から直接来たようで制服を着ていた。

 理科の授業は阿部がいなくなって児玉(こだま)久雄(ひさお)という、またユニークな先生になった。
(動物には肉食動物と草食──えっ、草色?)
「先生ー」
 何も考えずに美咲は声をあげた。気付けば全員に注目されていた。
「なに?」
「そこ漢字間違えてる」
「え? どこや?」
「草食動物のところ」
「ん? あああ、クサイロ動物って、どんなんや。こんな動物おったら怖いな」
 児玉は漢字間違いが結構多かった。キャラ的には面白いけれど、言うことやることが変だった。しかも塾で先生は水色の白衣を着ることになっていて、それを着ると短い足が余計短足に見えた。

 翌日には学校で歯科検診があって、クラス別に保健室横の正面玄関に並んで待つことになっていた。
 クラスで並んで到着すると、
(あれっ、ちょっと、待って、この集団──)
 三年五組の女子が並ばされたのは、八組の男子の横だった。
(なーんでー、しかも《《いてる》》し……あかん、こっち向いてる……)
 美咲は何とか平静を装っていた。ちょっとでも横を向くと、吹き出してしまいそうだった。教室に戻ってから侑子に聞くと、美咲の顔は普通だったと言っていた。

 森尾が塾で立たされたのは、それからすぐだった。
「宿題やってきてない者、立て」
 国語の時間、ほとんどの危険物体が立たされていた。
 高井に裕人に森尾、それからもちろん朋之も立っていた。
「いつ宿題するんや?」
 大抵は「今日中にします」とか「今度持ってきます」と言って座ったけれど。
「森尾、おまえいつするんや?」
「しません」
(は? 嘘でも帰ってするとか言えよ!)
 宿題をしてきていない生徒が多い時点で先生は怒っていたのに、更に険しい表情になった。
「なんでや?」
「他の勉強したいから」
 即答だった。

 まさかあの『クラス一の優等生』の森尾喬志がそんなことを言うなんて、誰が想像できただろうか。
 その後、森尾は先生に座れと言われるまで、立ったまま授業を受けていた。
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