Einsatz─あの日のメロディーを君に─
第7章 現在─山口家と森尾家─

第22話 モテたかモテてないか

 五月の連休になって、森尾が俊を連れて山口家に遊びに来ていた。俊と美歌は既に仲良くなっているようで、一緒に遊んでいる。美咲は子供たちの様子を見ながら、朋之と森尾に昔話をしていた。

「森尾は何かした? 文化祭」
「どうやったかなぁ……何もしてない気する」

 三年生の文化祭は、他の学年と比べて派手になるのが毎年恒例だった。クラスの出し物の候補の中で選ばれやすい学級歌と劇で、特に学級歌はやる気がない代表だったけれど。美咲たちは温子がマイクでソロをしていたし、山口剛は大仏を被って写真を撮っていた。先生が登場するのも定番で、一組のタイタニックではローズ役は男子生徒で、ジャック役は担任の男性だった。ちなみにロミオとジュリエットでジュリエットを演じたのは女子生徒で、彼女は小学生の頃から女優になりたいと言っていた。彼女が女優になったとは聞いていないけれど、それに近い仕事をしているらしい。

「あのとき山口君……ロミオは立候補したん?」
「いや、してないって。あ──ロミオはしたけど、他の奴らに推薦されて、じゃんけん負けたから……」

 そうなった経緯は、美咲は既に本人から聞いていた。美咲は舞台が見えにくい場所にいたのではっきりとはわからなかったけれど、朋之は嫌々演技をしていたらしい。

「私、一年ときからピアノ弾いてた記憶はあるんやけど、一年の文化祭で誰が指揮したか覚えてないんよなぁ」
「美咲、どんだけ弾いたん?」
「ほとんど全部ちがうかな。一年のときだけ、コンクールのクラスの伴奏はせんかったけど」

 校歌と文化祭で弾いたので、コンクールのクラスの二曲は他の生徒に譲ることになった。その代わり美咲は、全体合唱での伴奏を任された。
 江井中学の体育館のピアノは舞台袖に隠れるように置かれていたので、演奏中は客席の様子が全く見えなかった。文化祭で温子のソロのあとの拍手は三年生の席の辺りから湧いたように聞こえたけれど、確認はできていない。

「そっか……紀伊さんがピアノやってたから、今こうなってるんやな。山口君が歌好きなんは意外やったな」
「そうか? ……あ──おまえらとおるときは、あんまりそんな話せんかったからな。学校では同じクラスならんかったし、塾も勉強の話ばっかやったもんな」

 美咲は珈琲を二つ入れて朋之と森尾に出した。自分の紅茶を入れながら、子供たちにはジュースを入れてお菓子と一緒にお盆に乗せて運ぶ。
 朋之は森尾に美咲との結婚に至った経緯を話しながら、美咲の自慢をしていた。ピアノは確実に日々上達しているだとか、ピアノのおかげか歌も上手いだとか、年齢より若く見えるので年の差夫婦みたいで少し嬉しいだとか。

「そういえば紀伊さん、あれ行ったん? 塾で案内もらってたやつ」
「案内?」
「テストでさぁ、一位やって──」
「ああ! あれ……。はは、行ってない」
 美咲が一位になったのは、絶対にまぐれだった。その後のテストではそれまでと同じような結果に戻ったし、ランキングに載ることもなかった。そもそも成績が急に伸びていたとしても、講習会場は遠かったし一人で行かなければならないので、おそらく行っていない。

「まさか、こんな日が来るとはねぇ……」
 美咲はずっと朋之が好きではあったけれど、付き合うとか結婚するとかは再会するまで考えたことがなかった。まして特に気にはなっていなかった森尾が家に遊びに来るなんて、その子供が自分の子供と仲良くなるなんて、想定外でしかない。

「紀伊さんって、モテてたよなぁ?」
 森尾は朋之に聞いた。
「そうか……? あ──いや、俺はな……」
「学校でもクラスの中心メンバーぽくなってたし、塾の帰りも駅でよく話題にせんかった?」
「私の話?」
「そういえば……した気するな。佐方とかとよく近くにおったから、聞こえた話で何か喋った気するな」

 美咲は塾の帰りはたいてい彩加と一緒で、電車を待つホームでは近くに危険物体たちがいた。美咲と彩加が危険物体たちを観察していたのと同じように、彼らも美咲と彩加を観察していたらしい。

「俺は何人か、そうかなぁって思う奴いたけどな」
「え……誰? トモの他に?」
「好きやったかはわからんけど、よく話題にしてたのは大倉君やったかな。あと高井と……」
 その二人に話題にされるのは、美咲も特に不思議ではなかった。

「竹田もそんな感じやったかな……」
 それは美咲も高校生になってからなんとなく気づいた。通学電車が同じ時間だったので毎日のように会っていた──そしてある日を境に会わなくなるけれど、別の話なので今は言わないでおく。

「そういえば美咲……三年とき何かあったって言ってたよな」
「まぁ……うん……」
「え? 紀伊さん、誰かと付き合ってたん?」
「ううん」

 クラスの男子たちが、美咲の周りで騒いでいたけれど。
 裕人も美咲に、仕掛けに来たけれど。
 おそらく女子たちも──美咲を気にしている男子生徒がいることに、それとなく気づいていたけれど。
 そしてなぜか篠山まで、面白がっていたけれど。

 美咲は朋之や裕人くらいしか恋人候補にしていなかったので、他の男子たちは全く眼中になかった。特に三年のクラスは、徐々に慣れてはいったけれど変なクラスだとずっと思っていたので、そんな中で人のことを気にするはずもなかった。

「山口君も、モテてたよな」
「そうやった? 別に……」
 森尾と朋之が同時に美咲を見た。当時のことを聞いているのは明らかで、美咲の答えも決まっていた。学校はもちろん塾でも森尾のクラスに興味がなかった時点で答えは決まっている。

「まず──トモは確実にモテてたからね。好きかは別にしても、好感度は高かったと思うわ。森尾君は……最初は好印象やったけどな……一年終わった時点で、人気は落ちてたと思う」
「最初だけか……そうやな……」
 そうなった原因に心当たりがあるようで、森尾は特に凹んではいなかった。褒められた朋之は特に表情は変えなかったけれど、ほんの少しだけ口角を上げていた。

「それで美咲──何があったん? 三年とき」
「それは……、森尾君には言いたくないわぁ……全然関係ないけど」
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