Einsatz─あの日のメロディーを君に─

第23話 同窓会の頃

「じゃあ、紀伊さん──竹田と何かあったん? さっき名前出したとき嫌そうな顔してたけど」
「中学ときは……同じクラスなってないよな? 高校も別やったやろ? あいつ確か男子校やったし、美咲も女子校やろ?」
「そうやけど……電車が一緒やって」


 進学した学校は違ったけれど、朝の通学が同じ時間だった。ラッシュ時でも電車は多くて一時間に五本ほどしかなかったので、遠くの私立高校に通う人たちはだいたい同じ電車だったし、通勤ラッシュの時間でもあった。

 美咲は小学校から一緒だった友人と同じ高校になって、クラスは違ったけれど二人で通学していた。竹田が同じ高校になった友人たちと同じ電車に乗っていることには早くに気づいたけれど、違和感を感じたのは友人が先だった。
「美咲ちゃん……竹田が、じーってこっち見てる」
「え?」

 たしかに彼は、友人たちと話しながらも美咲たちのほうを向いていた。
「なんやろな?」
「気持ち悪いな?」

 友人は竹田と三年のときに同じクラスだったけれど、美咲は幼稚園と塾で同じクラスだったけれど、それ以外に関わった記憶はない。幼稚園のときは遊んだ記憶が無くもないけれど、卒園してからはそんな記憶はない。

 彼は何かを言いに来るわけではなく、ただいつも美咲たちをじっと見ていた。それが本当に気持ち悪くて、美咲は敢えて見ないようにしていた。電車を変えることは、できなかった。

 通学が一緒なら、帰りもだいたい同じ時間だった。それは毎日ではなかったけれど、電車を降りてから気づくこともあったけれど、見つかったときは朝と同じ反応だった。用があるのなら、言ってくれたほうが少しは良かったはずだ。けれど彼は何も言わなかったし周りからも聞かなかったので、何だったのかはいまだにわからない。

 そんなことが二年以上続いた。

 事態が動いたのは、高校三年になってからだった。もともと下校は一人のことが多かったけれど、大学入試が近づいてからは時間も変則になった。そんなある日、帰りに最初に乗った電車は満員で座れなかったけれど、乗り換え後の電車は意外と空いていた。だから美咲は広く空いているところに座ろうと歩いて行った──けれど、向かいのシートに竹田を見つけた瞬間、百八十度向きを変えて逃げた。

「美咲ちゃん、でかした!」
 そのことを友人に報告すると、ものすごく喜んでいた。
 しばらくしてから、今度は美咲が座っていたところに竹田が現れた。彼は美咲に気づくと、やはり向きを変えて逃げた。
 それ以来、美咲は竹田には会わなくなった。


「そんなことあったんや……何やったんやろな」
「知らん……友達からも、大学入ってからいつの間にか連絡来んようになったし」
 SNSでも見かけていないし、同窓会でも姿は見ていない。中学では全く話さなかったし高校の時も一緒に通学するくらいだったので、そんなに仲は良くなかったのかもしれない。ちなみに竹田も同窓会には来ていなかった。

「また同窓会する予定はあるん?」
「ううん。ハナちゃんからも何も聞いてないし」
 するにしても、次こそは幹事を交代して欲しい。

 美咲が華子と一緒に幹事をした同窓会ではなかったけれど、子供を預けられないので連れていきたい、という同級生も出てくるかもしれない。そうなると子供用の食事を用意したり遊び場を確保したりする必要があるので、手間は絶対に増える。もちろん美咲も事情によっては美歌を連れていきたいので子連れ参加に反対はしないけれど、準備に動き回れる保証はない。

「ねぇねぇ、シュンくんのパパ。シュンくん、ママは?」
 美歌が森尾に突然聞いてきた。森尾がシングルファザーなのは聞いているので、朋之は慌てて美歌を叱った──もちろん、優しくだ。
「こら美歌、こっち来なさい」

 美歌は何かを察したのか少しバツが悪そうな顔をして、森尾に『ごめんなさい』と謝ってから朋之のところに行った。
「俊君のママは、遠くに行っちゃったんやって。……森尾、悪いな」
「いや……俺も山口君に、詳しいこと言ってなかったし」

「美歌、こっちおいで」
 美歌は今度は美咲に呼ばれ、俊と一緒に庭で育てている花に水をやりに行った。俊が詳しい事情を知っているのかはわからないけれど、朋之と二人だけのほうが話しやすいと思ったのだろう。

「……聞いていいん?」
「うん……別に隠してないし……。俊がまだ小さいときに、病気でな……。俊にもまだ、ちゃんとは話せてないねん。幼稚園に入る前やから、覚えてないかもしれん」
 俊が一歳になった頃、病気が見つかった。長らく入院していたけれど、助けることはできなかった。森尾は親子三人で暮らしていたけれど、両親を頼って実家に戻ってきた。
 朋之が美咲に再婚の話を持ちかけていた頃だ。同じ頃に森尾は妻を亡くし、悲しむ間も無く子育てに奮闘していた。同窓会に来れるはずがない。

「悪いこと聞いたな……」
「いや……。俺もそろそろ一人では限界やし。俊にも話して、再婚したいなとは思ってる。……ただ相手がな」
 森尾の身近には、結婚できそうな相手はいないらしい。かといって、婚活にかける時間もないらしい。朋之の会社にも良い人はいないし、裕人も同じだろう。

「あ──おらんこともないけどな。森尾のこと知ってる独身女子」
「えっ、誰?」
「いや、でも……美咲が何て言うかな……」
「どういうこと? 紀伊さんの知り合い?」
 森尾のことを知っているということは、森尾も彼女のことを知っている。美咲も知っていると言うことは、江井中学の同級生だ。

「森尾たぶんな……一年とき同じクラスやわ」
「一年? 誰おったかな……あっ、紀伊さん、一年とき誰と同じクラスやった? 女子で」
 美咲は美歌と俊を連れてリビングに戻ってきた。既に手を洗った後なので、美歌と俊はお菓子に飛び付いた。美咲は森尾の質問の意味がわからず、きょとんとしていた。

「あのときの美咲の友達で、いま独身のやつ。おるよな」
「あー……え、もしかして、森尾君に?」
「趣味が合うかはわからんけど、学力は同じくらいやろ?」
「そうやなぁ……ははは!」
「ちょ、誰? 同じくらいって……高校は?」

 美咲はもちろん彼女もおそらく、当時は森尾のことは何とも思っていなかった。それでも普通に話して笑っていたし、最近も会っているので嫌いではないはずだ。
< 23 / 37 >

この作品をシェア

pagetop