Einsatz─あの日のメロディーを君に─

第37話 ダ・カーポ

 それから六年後の春──。

響平(きょうへい)、格好いい、似合ってる!」
「ヘヘヘー!」
 小学校の入学式の朝、制服を着てランドセルを背負って喜んでいるのは美咲と朋之の二人目の子供だ。美咲は男の子を出産し、顔立ちは希望通り朋之に似た。Ei-Harmonieの練習に連れていくと篠山に〝父親そっくりだ〟と笑われ、幼稚園では既に女の子から人気だった。美咲が通っていた小学校が閉校になって美歌が通った小学校に統合されたので、違う幼稚園だった女の子たちがまた響平に興味を示すかもしれない。ただ当の本人は、その誰も〝女の子〟としては意識していないようだけれど──。
「おねえちゃんといっしょにいきたい!」
「お姉ちゃんは中学校やから。響平も一年生やし、お兄ちゃんやろ?」
 響平は年の離れた美歌がずっと世話をしていたせいか、少しだけお姉ちゃんっ子になってしまった。美歌と一緒に学校へ行く、と駄々をこねるのを朋之が言い聞かせる。
「ぃやーや、おねえちゃんといく!」
「響平、頑張って学校行けたら、あとでお姉ちゃん遊んであげる!」
「うん……じゃ、がんばる」
 中学三年生になった美歌は、学校の合唱部に所属していた。美咲のようにピアノも弾けるようになり、伴奏担当として頑張っているらしい。もちろん、卒業学年なので下級生たちに交代する時期ではあるけれど。Ei-Harmonieにも入団し、週末は家族で練習に参加している。ちなみに同級生から告白されたことがあるらしいけれど、美歌は全て断ったと聞いた。
「勿体なー(ない)! せっかくモテてんのに」
「なんで知ってんの?」
 美咲が知っているのは、篠山の情報網を通じて聞いていたからだ。
「だって、全然かっこ良くないし」
 それは父親を基準にしているからだ。
「顔で判断するのは、まぁ、気持ちはわかるけど……。今日も俊君とこ行くん?」
「うん。勉強教えてもらう」
「……俺の出番は無さそうやな」
 美歌はずっと朋之に甘えていたけれど、俊が父親に似て成績優秀だったため、いつしか彼を頼るようになった。美歌は〝勉強〟と言っているけれど、俊との関係もただの友達ではなくなってきているらしい。
 Ei-Harmonieの練習に参加した日曜の午後、美歌はよく森尾家に行っていた。彩加とは別に昼食をとってから美歌を車で送り、森尾も日曜は休みなのでだいたい家にいた。ちなみに森尾家には子供は俊だけだ。
「ごめんな彩加ちゃん、いつも美歌が」
 インターホンを押すと彩加が出てきたので、美咲は美歌と一緒に車を降りた。美歌はそのまま中に入り、朋之と響平は車で待機している。
「ううん。俊も美歌ちゃんが来る日は部屋の掃除をするから、逆に助かってる」
「そうなん? ──いつまで続くんかな。まだ一応、友達なんやろ?」
「そうみたいやけど……」
 美歌が同級生からの告白を断っているのはおそらく、俊が気になっているからだ。小学校六年間でずっと同じクラスで、中学校では離れたけれどいつも一緒に下校していた。休み時間も俊が美歌のクラスに来ているので、付き合っていると噂されている。とは、美歌の友達から聞いた。
「来年は高校やからな……同じとこ行けるとは限らんし」
「紀伊さん、彩加、あのな」
 家の中から現れた森尾は、小声で美咲と彩加にあることを告げた。言い終わってから森尾は、ニヤリと笑った。
「ええっ? それは……ショック受けるんかな……」
 朋之が、だ。
「言うか言わんかは、任せるわ」
 俊は朝からそわそわして身だしなみもいつもより綺麗だったので、森尾はなんとなく理由を聞いた。俊は今日、美歌に告白する予定にしているらしい。
「たぶん美歌ちゃんはOKするやろうから、あれやな……続けば、うちに来てもらうことになるんやろな」
「うわー……そっか、もしものときは、美歌は森尾家に……」
 美歌が山口家を出てよその家へ嫁ぐ。
 それはほぼ確実ではあるけれど、森尾家に嫁ぐことを朋之はどう思うだろうか。

 Hair Make HIROには珍しく高井の姿があった。美咲と朋之も日曜の午後に予約を入れていて、高井の予約はそのあとで入ったらしい。
「どうしたんトモ君、なんか、顔こわいで?」
 裕人は高井にクロスを巻いてから朋之のほうを見た。美咲は笑いながらアシスタントに響平を預けて、『そんな気にせんで良いよ』と言った。
「紀伊、何かあったん?」
「気にするわぁ、もり、森尾家に……まさか……」
 朋之はアシスタントに椅子を勧められ、脱力しながら座る。美咲も隣に座り、朋之の代わりに話すことにした。
「美歌が森尾君とこの子と付き合いだしたんやけど、まぁ、順調にいけば将来は、向こうの家に行くやん?」
「あー……。それで凹んでんの?」
「森尾んとこやで? 美歌が……」
「美歌ちゃん、トモ君のこと好きやったのにな。はは、あ、でも、ここより良いんちゃう?」
 そう言って裕人が指差したのは高井の背中だった。美歌は高井の息子とは面識がないし年齢も離れているので可能性は低いけれど、子供には何の罪もないけれど、高井のところに嫁がれるのは美咲も嫌だった。
「えっ、ヒロ君、俺が何?」
 もちろん今は中学の頃と比べるとまともになっているし、美咲も当時よりも普通に話すけれど。
「そうやなぁ……高井よりは、森尾やな」
「ちょ、山口、何の話?」
 高井に詳しく説明するのは、やはり面倒だ。
 裕人は相変わらず高井で遊びながら、バリカンを持ってきてスイッチを入れている。もちろん使わないし、遊んでいるだけだ。
「そういえば高井──あれ覚えてる? 〝方べきの定理〟」
「それ、さすがに覚えたわ、円の上の点と直線で、なんか、決まってるやつやろ?」
 方べきの定理とは、中学もしくは高校で習う数学の決まりごとで。
「おまえ、点Pやな」
「はあ? なんでやねん。ABCDは?」
 その話で点Pとは、円の上には存在しない四番目もしくは五番目の点だ。
 裕人は高井が厄介な点Pだと言ったけれど、方べきの定理では点Pは全てのはじまりになっているわけで……。
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