伯爵令嬢は胸を膨らませる〜「胸が小さいから」と婚約破棄されたので、自分のためにバストアップしてからシスターになります〜

この男、やりやがったな

 本当の本当に協力する気なのね? 面倒だわ。でも無視し続けるのも立場上よくないし、一回付き合って何となく距離を置いていくしかないかしら。

「ああ、そうでしたわね。思い出しました。ではちかぢか」

「ちょうどこのあと時間があるんだ。早いほうがいいだろう? 芸術への熱が冷めないうちに」

「ロード、さすがに急すぎますわ。外出には支度というものも必要ですのよ」

「そうですロード! ヘレナには扇子を選ぶ時間が人の三倍必要なのですよ!」

 アルバートがよく分からない理由を付け加えてくれたが、反対してくれるのはありがたい。というか、ヴィンセントの誘いは完全に非常識だ。

 ヴィンセントがいかにも心苦しそうに表情を変える。

「僕もできることならちゃんと先触れを出すべきだとは重々承知していたんだけど。どうにもレディ・ヘレナはお忙しいようだから、今だ! とあいた時間に訪ねてきてしまったんだ。どうしても君と一緒に行きたくて。一刻も早く」

 この男、やりやがったな。

 先触れの手紙や使者が来ていれば都合が悪いなどと返事して、のらりくらりとかわすつもりだった。それを予見して、ヴィンセントは直接やって来て、今直接言ったのだ。侯爵家の立場が上なのを利用して、だ。

 わたくしは口元の扇子の下でため息を飲みこんで、ヴィンセントを見据えた。

「分かりました。支度してまいります」

「ヘレナ!」

 アルバートの悲痛な叫び声が響き渡るが、仕方ない。一度は付き合わないと魔王は何度でも押しかけてくるだろう。

「ありがとう、レディ。君なら分かってくれると思ったよ」

 魔王はぬけぬけと麗しい微笑みを見せた。純粋に造形だけ見れば見とれてしまうような微笑みなのに、まったく素直に観賞できない。やりやがったな感が強すぎる。

「僕も! 当然! 同行しますからねロード!」

 アルバートが青ざめて唇を震わせながら、テーブルに手をついて身を乗り出す。

「ええ、ぜひ。兄上しか知らないようなレディ・ヘレナの幼いころの思い出などを教えていただけたら」

「そうですか! 何からお話ししましょうか? 歯固めがなかなかやめられなくて乳母を困らせてしまった話がいいですか? それとも知人のお屋敷でピクニック中にクジャクにステーキを取られて泣いてしまった話ですか? どちらもとても可愛く」

「お兄様! クジャクはお兄様も追いかけられて泣いていたでしょう! わが家の恥をさらさないでください」

 別人のようにいきいきし始めたアルバートを慌てていさめた。向かいのヴィンセントを見ると、おかしそうに笑いかけてくる。

 ああもう! 本当にマーガレットとローザに協力してもらって、ヴィンセントの弱みを探ろうかしら。わたくしだけ不公平だわ。

 扇子の下で恥ずかしさをかみしめる。アルバートに釘を刺し、支度をするためにさっさと退室した。
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