炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

「今頃、帝都は押し寄せる氷の濁流に飲まれ、人々は逃げ回っているはずだが、……どうやら死者が、出ていないようだ」
「ミーシャだ。彼女は結界の異変を見に行った。洪水を防ぐ手立てをこうじてから、ここに来たんだろう」

 オリバーは目を見張ったあと、ゆっくりと細めた。

「なるほど、そうか。その魔女のせいか……」

 高温の火で直接炙られているみたいに熱い。氷は纏ったそばからすぐに溶けるため、常に作り続けている。

 よく見ると、氷の中のルシアに小さなヒビが幾つも入っていた。ぱきぱきと乾いた音をたてて表面が小さく割れていく。熱で溶けるのではなく、砂のようにさらさらと崩れ、氷の結晶は煌めきながらゆらゆらと、天に昇っていく。

「このままでは駄目だ。復活するまで、ルシアの身体が持たない」

 つらそうに呟くオリバーの顔や手は赤く腫れ、炎症を起していた。それでも必死に愛する人を見つめる叔父に胸が締めつけられた。

「もうやめろ。このままではあんたが死ぬ!」
「今さら私が死を恐れるとでも?」

 オリバーは乾いた声で笑ったあと、視線をあげた。

「リアム。今あるサファイア魔鉱石はおまえのために作った。うまく、使えよ」

 自分に似た碧い瞳。幼いころ何度も向けられた、やさしい眼差しだった。

「闇に飲まれ再び命輝くとき、魔女は炎の鳥とともに舞い戻ると、フルラ王は言っていた。リアム、わかるな。魔鉱石を使え」

 オリバーはクレアの魔鉱石を持つ手を高くかざした。

「炎の鳥よ。今すぐルシアを蘇らせよ。我が命と引き換え……、」
「やめろッ……!」

 考えるよりも先に叫んでいた。

 刹那、上空に小さな炎が現れた。朱鷺色の炎の鳥は、急降下してオリバーの手から魔鉱石を鷲づかみすると、そのまま奪い捕った。

 ルキアは、内側からぱんっと弾けるように粉々に割れ、煌めく粒子となった。
 銀色に輝く細氷(ダイヤモンドダスト)は、酷い火傷のオリバーを冷やし癒すようにやさしく包みこんでいく。

 一瞬なにが起こったのか、本人もわからなかったようだ。声にならない叫び声が響いた。炎が(ほとばし)る。建物が歪む大きな音とともに、足元が崩壊していく。

 リアムは自分たちがいる場所だけでも維持しようと片手で氷の剣を握ると地面に突き刺し、厚い氷を張った。しかしそのそばからひび割れて、溶けて壊れていく。

 オリバーは、空を見上げたままぴくりとも動かなかった。彼の足元が崩れ、身体ががくんと沈む。頭上からは壊れた天井が地上の雪とともに容赦なく降ってくる。

「オリバー……叔父さんッ……!」

 思いっきり手を延ばした。あと少しのところでオリバーは瓦礫に飲みこまれ、姿を消した。


pagetop