炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*

氷の皇帝の口づけ

 オリバーが瓦礫に飲まれるのはあっという間だった。見えなくなった人を想い、手を伸ばしたままリアムはぎゅっと(くう)を握った。

「……くそ」

 ――なにが氷の皇帝だ。守りたいものは、なに一つ、守れない。
 不甲斐ない自分に腹が立つ。リアムは天を仰ぐと、咆哮(ほうこう)しながら感情のままに魔力を暴発させた。

 ――これ以上の犠牲はあってはならない!

 崩壊をとめるため、命を燃料にして自分たちを中心に周りを凍らせていく。霜どころか皮膚の表面に薄い氷が張る。身体が耐えられず凍化がすさまじい速さで進んでいくが、自分の身体のことはもう、どうでもよかった。
 
 力を暴走させたおかげか崩壊が緩やかにとまる。暗い宮殿の地下に居るのは、リアムとミーシャだけだった。

 指一本、動かすのすら億劫だった。身体が内と外、両方から凍っていく。
 死ぬのか、それとも冷凍睡眠か。病の進行をとめるために自分を凍らせてくれる相手がいない今、リアムを待っているのは死だけだった。

 自分の腕の中で眠るミーシャを見ていると、ふわりと、炎の小鳥がリアムの腕に留まった。そのくちばしには、《《朱い》》焔の輝きを放つ、クレア魔鉱石があった。

「なぜ? さっきまで、《《碧色》》だったのに」

 ――オリバーの手から離れたから? いや、違う。このクレア魔鉱石は朝からずっと碧色だった。

 炎の鳥はミーシャの胸に、ぽとりと魔鉱石を落とした。一呼吸置かずに、沸き立つように強い光を放ちはじめた。

 朱鷺色の小鳥はそのままゆらりと原型を崩し炎となると、ミーシャの中へ溶けて消えた。

「どういうことだ……」

 朱い輝きが増すほどに、氷を暴走させても消し切れなかった火が、小さく鎮まっていく。まるで、周りの火を吸い込んでいるみたいだった。
リアムはもう一度上を仰ぎ見た。雲はなく、瓦礫に縁取られた夜空には、銀色に輝く月が浮かんでいた。

 ――炎の魔女は、死なない。

 ミーシャの言葉を思い出し、彼女の顔を見た。頬に触れてみる。
 呼吸がとまった直後は氷のように冷たかったが、今はそこまで冷たくない。

「闇に飲まれ、とは夜のことか」

 魔鉱石に触れたミーシャは変化を続けた。髪色がクレアのころのように赤くガーネット色に染まっていく。
 とくんと、命の鼓動をリアムはその手に感じ取った。
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