炎の魔女と氷の皇帝*転生したら弟子と契約結婚をすることになりました*
ミーシャの左腕には、金色のブレスレットがある。内側には赤いガーネット鉱石が小さく散りばめられている。
昔、クレアが試験的に作っていた魔鉱石だ。製作の途中でその生を終えたために未完成品だが、ミーシャの少ない魔力の補助として、エレノアに勧められて身につけている。

「私は、魔鉱石を生みだした悪い魔女。陛下に釣り合いません」

 大人になったリアムは、子どものころと変わらずやさしかった。きっと、不完全に蘇った師匠に心を痛め、ありとあらゆる手を尽くしてくれるだろう。

――それではだめ。リアムの幸せは遠退く。彼の世話になるわけにはいかない。

 エレノアは嘆息すると、炎の鳥を手のひらに呼んだ。

「炎の鳥はあなたによく懐いている。そのブレスレットと、この子たちがいればあなたは長く生きられる」
「だけど」
「彼は英雄、クレアは悪い魔女については、気にすることないと何度も言っているでしょう?」

 ミーシャは眉をひそめると、さっきよりも強く、首を横に振った。

「今の私が彼にしてあげられることは、正体を打ち明けず、彼の病を治したら身を引く。そしてもう、関わらないことです。彼の明るい未来に、クレア()は必要ありません」

 輝かしい人生を送って欲しい。彼を苦しめるものはすべて取り除いてあげたい。もう、師匠ではない今の自分には、それくらいしかしてあげられることはない。

 下を向いていると、エレノアが肩に触れた。

「ミーシャ。あなたにも未来があるのよ。私はあなたに、前世の分まで幸せになって欲しい」

 やさしい眼差しだった。触れられている肩は温かく、本気で案じてくれていると伝わってくる。

 娘はクレアの生まれ変わりで、彼女にはたくさんの迷惑と苦労をかけた。それなのに、誰よりも愛情を注いでくれた。

「エレノアさまも、幸せになってね」
 
彼女は一瞬目を見開いたが、すぐに柔らかに笑った。

「お母さま。疲れたので、そろそろ寝ます」
「そうね。ゆっくりお休み」

 ミーシャをそっと抱きしめて、エレノアは部屋をあとにした。

風が窓を揺らす。視線を向けると、窓ガラスに自分の姿が映っていた。

――リアムは幸せになるべき。だけど私は……

紫の瞳を見つめる。ミーシャは「私こそ、幸せになる資格なんてない」と呟いた。



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