最後のひと押し

7


翌日。
死刑囚リリー・ヴァリーは、刑務局監視の下、絞首台へ立たされた。

覆面は無し。これは彼女の希望であり、僕の提案でもあった。
死の瞬間が暗闇だなんて、あまりに不憫だから。

窓ガラス越しに、僕とリリーの目が合う。
僕達を隔てる強化ガラスは、銃弾は勿論のこと、互いの声さえも通さない。でも不思議と、彼女とは目と目で会話ができる気がした。

「リリー。」

僕は意中の相手の心を得るために、最後の一押しを試みる。

スイッチだ。
僕の手元に用意されたスイッチは、死刑囚の足元の床に連動していて、この一押しで絞首刑が執行される仕組みになっている。
科学技術の発達した現代でも、死刑の手法は大昔から変わっていない。
唯一変わった点は、その断罪を人間ではなく、良心を持たぬアンドロイドに委ねるようになったことか。

【HA-03G】。
hangを由来とする僕達【HAシリーズ】は、死刑囚が心穏やかに逝くためのメンタルケアと、死刑執行官とを兼任しているのだ。

こんなこと、生身の人間では絶対に出来ない。


「これが、僕から貴女への愛です。」

スイッチを押し込み、連動して床が開くのに、タイムラグはほとんど無かった。

自重に苦しむリリーの姿。
しかしその表情はどこか、多幸感に満ちていた。綺麗なブルーの瞳は瞬きもせず、僕の姿を一心に見つめてる。

心が通じ合った。
心を持たない僕が言うのは滑稽な話だが、それ以外に無いという確信があったのだ。

「リリー。」

激しくもがいていたリリーの動きがだんだんと鈍くなり、やがてぴくりとも反応しなくなってしまった。

「…リリー。」

何度も呼んだ名前を口にする。
消えないように、電子回路の奥深くに何度も、その音声と最期の光景を記録していく。忘れないように。

僕はスイッチから離した手を、ゆっくりと握り込んだ。
宗教史でたびたび目にした“魂”というものが、僕の右手の中に、確かに宿った気がした。

〈了〉
< 7 / 7 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:0

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

終末保険レディ

総文字数/24,437

ミステリー・サスペンス6ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
《終末がやって来ーーーるっ!!》 宇宙からやって来たエイリアンが、全地球人へ向けて予告した地球人絶滅作戦。それをやり過ごす救済措置「終末保険」勧誘のため、リンとダダ、ふたりの保険レディは、荒廃した地球を遠征していました。
吸血鬼令嬢は血が飲めない

総文字数/32,000

ファンタジー20ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
霧に包まれた不気味な古城に棲む 吸血鬼レギナ・バートランド。 彼女は、今いる世界が 前世でプレイしたホラーゲームの舞台であり 自身もまた、ヒロインを苦しめた悪役令嬢に 転生していることに気づく。 血が飲めないほど臆病なレギナは ヒロイン「ラクリマ」を救うため、 危険な罠や怪物や、 恐ろしい執事に立ち向かうのだが… ーーー 「お嬢様を惑わす者の血など、一滴残らず 搾り尽くしてしまわなければ…。」 「ま、待って!! なんだか物騒なこと考えてない!?」 ーーー ●他サイトでも公開しています。
白雪鼬

総文字数/7,826

ファンタジー6ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
今年最初の雪が薄らと降り積もった、 寒い寒い冬の日のこと。 奇妙な縁から青年・治と、 大きな白鼬の物の怪が出会う。 ふたりは互いを友と呼び、 誰も訪ねることのない小屋で 冬を越すのだが…… ●他サイトでも公開しています。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop