スノーフレークに憧れて

第25話

 朝、目が覚めると屋根を打ち付けるような雨が降っていた。

 道路の水たまりを走る車の音も聞こえる。

 いつも鳴いているスズメや、つばめの鳥たちは今朝は静かで鳴き声が聞こえない。雨の日は鳥も鳴くことを休んでいるのか。

 人間も雨の日は休もうというシステムはないだろうか。

 龍弥は体を腹筋をして起こした。頭をボリボリかいて、制服に着替える。いつだか、菜穂に渡された可愛い狼のキーホルダーがポケットから落ちてきた。大事なものとしておきながら、ポケットに入れっぱなし。バックに入れたり、ポケットに入れたり、大事なのか大事じゃないのか時々自分でもわからなくなる。

 
 この可愛い狼キーホルダーは、中学の時に片思いしていた先輩がくれたものだった。

「龍弥みたいで可愛いからあげる。」

 サッカー部のマネージャーだった先輩は家庭の都合で中3の時に沖縄へ引っ越してしまった。

 部活終わりの水分補給中に渡されて嬉しかったのを覚えている。お疲れ様ってことなのかなと思った。

 油性マジックでしっかり【Ryuya.S】と書いてくれていた。

自分のためだけに用意してくれたのかなと思ったら、3年のキャプテンの先輩にも渡していた。

 その人のキーホルダーはきつねだった。確かにその先輩の顔はきつねっぽかった。

 特別じゃないことに少し残念だったが、その時からずっと大事にしてた。


佐藤 雫(さとうしずく)
 龍弥の初恋の人だった。

 サッカー部に入って一つ上の学年で
 マネージャーをしていた。


 部員みんなの飲み物やタオルの管理を
 していて、誰にでも優しかった。

 勘違いしていたと思った。

 怪我をしたときなんか、
 他の誰よりもいち早く気にしてくれて
 いた。

 絆創膏や湿布を持ってきてくれるし、
 メンタルで弱ってる時もどうしたって
 気使ってくれる。

 それは他の部員も同じことしていたかも
 しれないけど、龍弥の時だけは、
 雫自身の悩み事を相談されたことも
 あった。
 
 それは自分だけと思っていた。

 その予測は合っていたにも関わらず、両思いでお互いに恥ずかしくなって何も言えずに雫は引っ越すことになる。

 想っていたのを打ち明けずに過ごしていたが、会わずにして1年が経ち、連絡先を交換していても、お互いに何も送り合っていない。

 もう、考えるのはやめようと思いながら、キーホルダーを捨てることができずにずっと持ち続けている。

 制服のズボンを履いて、ワイシャツに袖を通した。
 ネクタイを締めて、ピアスを一つ一つ、
 つけた。

 お店に頼んで両親の結婚指輪の
 シルバーリングをピアスにリフォーム
 してもらった。
 
 それをしてから耳も怪我をしにくく、
 楽になった。

 最後に頭にはマットタイプのワックスを塗り込んだ。そろそろ、地毛の部分が出てきたなと鏡で確認する。


 素の部分がだんだんと学校で出せるようになってきた。


 あんなに感情をシャットダウンさせていた自分はおかしかったと思った。

 表と裏はあったとしても少しだけ素の部分出した方が苦しくない。


 菜穂と喧嘩しながら話すフットサルのあの空間が1番楽なんだ。

 でも、もう、菜穂と関わるのはやめようか。

 木村悠仁と交際してるのなら、自分は必要ないだろうとそう感じるようになった。



****

朝のホームルーム。
 
 珍しく席替えをすることになった。
 くじ引き制で、担任の先生が黒板に座席と番号を書いた。
 ボックスに人数分のくじがあった。


「くじ全員引いたよな?くじの交換は無しだぞ!はい、机動かしてー。」


 ざわざわとクラスメイトは騒いでいる。
 あそこが良かった。ここが良かった。
 文句を言いながら、机を動かす。

「雪田さんは何番だった?」

「えっと…21番だよ。木村くんは?」


「残念、離れちゃったね。俺は8番。座席表だと1番前の角だった。21番は1番後ろだよね。」


「そうなんだ。本当、残念だね。」

 がっかりしながらも菜穂は机を1番後ろの窓際から2番目に動かした。


「げっ。まじかよ。」

 菜穂の隣の窓際の席に机を運んだのは白狼龍弥だった。

「え!?なんでここなの。」


「くじがそう決めたからな。」


「…何かやだな。」


「こっちのセリフだわ。」
(よりにもよって隣って…。)


 龍弥は席を立ち上がり、前の方に座席を移動した木村に声をかける。何かを話している。頑なに木村は拒否をした。さすがは優等生。先生の言うことを守ろうという流れだった。

「ねぇ、何、木村くんに言ってんの?」


「だって、菜穂、木村と一緒がいいんだろ。くじ交換しようと思ったら…先生がダメだって言うからやらないって。これだからクソ真面目は嫌いだわ。」


「ちょ、勝手にやめてよ。余計なお世話しないで。」

 木村に聞こえないくらい小さな声で訴える菜穂。顔は赤くなってる。

 そんなにバレたくないのか木村との関係性。

 龍弥は思いっきりワイシャツの裾をつかまれているけどっと掴んでいる手を指差したら、慌てて引っ込めた。

 まゆみはそんな2人の小競り合いを見逃さなかった。

 斜め前の方からチラッと後ろを向いては前に顔を戻した。


(やっぱ、あの2人なんかあるわ。)


「席替えはもう変えられないからな。それでいいんだろ?」


「もういいです。放っておいてって。」

 着席する菜穂と龍弥。
 席替えをして、見ている世界が変わった。

 横を見て木村を見ていたが、今度は前を向いて後ろ姿を見つめられる。

 そして、真隣には龍弥が存在している。必要以上に一緒にいるといつもの調子になれないため、困惑する。
 
 授業中の板書を、髪をかきあげながら、書いてると左に視線を感じる。口パクでこっち見ないでとアピールする。

(俺だって黒板見てるんだよ!勘違いすんな。)

(いーっだ。)

 あかんべーをする菜穂。小学生のような喧嘩だ。

「おい!そこ何してる?!サボるなよ。」

 日本史の教科の先生が言う。

 2人は慌てて、元の体勢に戻し、集中して板書した。

 クラスメイト達は不思議そうに眺めている。そんなに仲良かったのかこの2人と温かく見守る感じだった。



***


 その日の昼休み、菜穂は木村に呼ばれて、ラウンジで一緒にお昼ごはんを食べることになった。席を立ち、教室から出ていく。目と鼻の先で菜穂と木村が話すのが聞こえるため、どこに何をするのか把握できた龍弥は、いつも行く中庭をやめて教室でお弁当を食べることにした。
バックからお弁当袋と、ワイヤレスイヤホンを取り出してBluetooth接続をした。耳にイヤホンをつけようとすると、目の前の席にまゆみがバックを持って座った。

「…何?」


「あのさ、龍弥くんって、菜穂のこと好きなんだよね?」


「は? なんで急にそうなんの?」


「でも、菜穂は木村くんと付き合っているんだもんね。悲しいね。片思い?」


「……。」


「もし本当に菜穂が好きなら私が一肌脱いでもいいよ。」


「は?何しようって言うんだよ。」


「木村くん、私狙うから。」


「そっちが本気ならいいんじゃねえの。俺関係ないし。」

 弁当の蓋を開けて、祖母の作ったエビチリを堪能した。

「せっかく、龍弥くんが動きやすいように私が行動するって言ってるのに素直じゃないよね!」


 機嫌悪そうに席を立つまゆみ。


「あのさ、山口が木村に何しようといいけど、絶対菜穂、傷つけるなよ。」


「しないよ。そんなこと。」

 龍弥に掴まれた腕を振り払った。


「なら、いい。」


(何よ、絶対菜穂のこと好きじゃん。)

 鼻息を荒くしてまゆみは立ち去った。


 龍弥は音楽を聴くことに集中しながら、お弁当を完食した。もう学校でお弁当食べることも慣れてきていたようだ。




*****


雨が土砂降りだった。


夕立だったんだろう。


昼間は物凄く暑いくらいに日差しが降り注いでいた。


夕日が西に沈むと同時にひぐらしが鳴いている。


雨は止もうとしない。

菜穂は公園のトンネルくぐりのできる遊具に1人ポツンの午後7時の薄暗い夜に座って泣いていた。

 
 雨の音でかき消されて、外には漏れていない。



足元は裸足のサンダル
服は半袖シャツにショートパンツ。


髪はぐちゃぐちゃに

持ち物はスマホだけ

それ以外は何もかもを置いてきた。




菜穂はスマホの連絡帳画面を開き、
思いがけず1人に耐えきれなくなって
電話をかけた。


 呼び出し音が鳴り続けた。
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