スノーフレークに憧れて

第26話

 学校から帰宅して、バックを肩にかけたまま、リビングでくつろいでいた。

 いつものお気に入りの虹色のコップに冷蔵庫の中にある清涼飲料水を注ぎ、製氷機から氷を3つ入れた。このカランコロンとコップと氷がぶつかる音が心地よかった。夏が来たとかんじる。

冷凍庫から保冷剤を取り出した。暑い中、歩いて帰ってきたため、頬が赤くなっていた。

 ピタッとくっつけるとちょうど良い冷たさだった。


「ただいまー。」

玄関の開ける音がした。
 菜穂の次に帰ってきたのは母だった。今日は定時に帰れたようだ。


「ごめんね。お腹空いたでしょう。今、スーパーでお惣菜買ってきた。簡単なもので悪いけどいいよね?」


 家の中に入ってすぐに冷蔵庫へ食材を入れる。


「おかえり。いいんだよ。別に適当で。暑いし、そうめんだけでも。」

 
 菜穂がコップを持って、ソファに座り、テレビをつけた。地元では誰もが知ってる情報バラエティ番組が平日の日課だった。母は、ブツブツ、材料を言いながら、夕飯の準備をはじめる。



 ぼんやりテレビを見ていると、父が帰って来た。


「ただいま。」


「あれ、おかえり。お父さん、早かったね。」



「まあね。今日はとりあえずなんとか終わらせて来たんだわ…。」



「おかえり。今、夕飯出すから座って待ってて。」



「ああ。」



 父の将志は荷物を自室に置いて、コーヒーを飲みながら、菜穂の隣に座った。

 まったりとした時間が流れる。

「あ、ここ、行ったことなかったなぁ。行ってみたいなぁ。」

菜穂は番組の途中で流れる CMに反応した。地元近くにある、サファリパークのCMだった。動物園には何度も行ったことがあるが、サファリパークには一度も行ったことがない。それを言った後、父は目をそらして、違う場所を見ていた。

「………。」


「えー、なんの話?」


 母は気になったようで料理している手をとめてこちらにやってきた。
すでに流れていたCMは終わっていた。


「今、映っていたんだけど、サファリパークが最近、できたでしょう。車で1時間かかるところ。今まで動物園は小学生の時何回も行ったけど、サファリパークって行ったことなかったなぁって思ってさ…?」


「……サファリか…。」

 母は不機嫌そうに台所に戻っていく。いつものパターンだと、テンション高めに行こうという話になるのに様子がおかしい。父も何だかそわそわして何も喋らず、コーヒーを飲み続ける。

「え、なんで。なんか問題あるの?」


「お母さんは行きたくないな。そこには。」


 台所に行って、話をしに行く菜穂。


「なんで、なんでダメなの?」


「お父さんがよーーーく知ってると思うよ。聞いてみなよ。」


「母さん!!娘にそんなこと言うなよ。」


「そんなこと?!」

 菜穂は地雷を踏んだと思った。どうしてサファリなんて言ってしまったんだろう。

 この一言で両親が喧嘩してしまうなんて思いもしない。

そこから母もヒートアップして、怒号が飛び交う。

 負けじと父も暴言を吐く。

 何をどう言ってるかなんて覚えていない。

 どうにかこの状況を止めたくて、間に割って入ると。


「うるさい!」

と父。

「黙ってて!!」

と母。

「やめてー。」

菜穂が必死にとめる。

食卓にあった皿がとぶ。
バリンと割れた。

「菜穂には関係ない!!」

2人が同時に言う。


「関係なくなんてない!!私は2人の娘でしょう!!」


「良いから、大人の話にはいってくるんじゃない!!」

 もうとめようがない大人の喧嘩。

 いつも穏やかでもの静かな父だった。
 こんなに怒っているのは初めてだったかもしれない。

 多少ヒステリックな部分もある母。

 皿の他に透明コップが割れていく。


 菜穂は、緊迫な状況に耐えきれなくなって、家を飛び出した。




 夕立とともに雷が鳴り続ける。

 雷な苦手の菜穂でさえもこんな時は雷よりも家の中にいる方が怖かった。

 さっきまで晴れていて、蜃気楼が出るくらいだったのに、今の感情と同じくらいに土砂降りになった。

無我夢中で走った。

 両親の喧嘩を止めれれないという悔しさと自分のせいで喧嘩のきっかけを作ってしまった罪悪感で苛まれていた。


 喧嘩してほしくて言葉を発したわけではない。


 サンダルと半袖シャツ、ショートパンツで傘もささずに無意識に公園にあるトンネル遊具の中に潜り込んだ。

 声を殺して、泣き続けた。

 呼吸をする音がトンネルの中に響く。

 小学生の頃、悩んだ時はいつもここに来て泣いていた。
 しばらくしたら、小さいからということもあり、父が迎えに来ていたが、今は高校生、多分迎えには来ないだろう。

 大のこんな大きい子供がこんなところにいるわけがないと思っている。

 でも、涙が止まらない。

 唯一、持ってきていたのはスマホだった。

 1人で過ごすのに耐えきれなくなって、電話帳の連絡先を確認して、ある人に電話をかけた。


 呼び出し音が鳴り続ける。


**

 コンビニの脇の通路にバイクを停めて、防水ジャケットを脱いでいたところにポケットに入れていたスマホのバイブレーションが鳴った。

(今からバイト始まるって時に誰だよ…ったく。)

「はい、龍弥だけど…。」



「…家、帰りたくない。」



「?」

スマホの名前を見ないで慌ててスワイプしたため、誰かわからなかった龍弥は改めて、名前を確認する。2度見した。



「菜穂? え、今どこいんの?」


「N公園。」


 何となく、いつものテンションじゃないと勘づいた龍弥は真剣に聴き入った。


「わかった。今から行くから待ってろ。」


今からバイトだということは言わずに返事をした。

 バイト先の店長には祖母が倒れたと嘘をつき、今日のバイトは休むと近くにいるのをあえて、電話で連絡してから、脱いだばかりのジャケットを着て、バイクに乗った。

 電話の向こうでは店長が発狂していたが、無視して通話終了のボタンをタップした。

 そりゃそうだ、バイト出勤時間の5分前なのだから。

 龍弥は、申し訳ないことをしたと思いながら、菜穂のいる公園に雨の中、バイクを走らせた。対向車線には眩しく光る車が何台も走っていた。


 雨に反射するライトが眩しかった。

 雷が遠くで鳴っているのが聞こえる。。

< 26 / 55 >

この作品をシェア

pagetop