スノーフレークに憧れて

第34話

「え!? 誰?」


 菜穂の隣の席に普通に座るのは、真っ黒に髪を染めて、ピアスというピアスを透明な目立たないクリアピアスに変えた龍弥がそこにいた。  


 銀色の髪に慣れていたため、
 一瞬、本当に誰かわからなかった。


 オタク気質の杉本に雰囲気が
 似ている。


「俺はオタクじゃない。」


 通りかがった杉本が言う。


 それはわかっていたが、
 龍弥の顔をマジマジと
 くるくる周って見ていた。


「そんなジロジロ見るんじゃねえよ。
 絶滅危惧種の動物か!?」


「どんな風の吹き回し? 
 明日から夏休みだって言うのに
 逆にハッチャける時でしょう。
 なんで、今?」


 菜穂は、不思議で仕方なかった。


「今日、式あるだろ?
 校長先生の話とか、するっしょ。」


「それが理由?」



「あと、寝ている間に
 夢の中で墨汁が空から
 降ってきたかな……。」


「墨で髪を真っ黒に
 染められるわけないでしょう。
 その冗談おもしろくなーい。」


「はいはい。そうですね。
 つまんないやつだな。
 話に乗っかれよ。」
 

「……。」

 
 真面目な話をしてくれない菜穂は
 不機嫌になり、無表情になった。


「わかったよ。
 夏休み早々、
 試合があるんだってよ。」


「え?なんの?」


「だから、サッカーの。」


「え?」


「木村と熊谷先生から言われて、
 懇願された。」


「急すぎない?」


「辞めたんだって。
 部員が1人欠けて、
 人数が足りなくなって
 試合に出られないかもって
 言うことになったらしくて…。
 試合登録してたのに、
 出られないって言うのは
 かわいそうすぎると思ったから。」


「へぇーーー。そうなんだ。
 よくOKしたもんだね。」


 ニコニコしながら、
 菜穂は頬杖をつく。


「その欠けた人って
 なんで出られなくなったの?」


「サッカーが好きな奴だった
 みたいんだけど、
 白血病になったんだって。
 今、入院中みたい。」


「そっか。大変だね。
 その子の分まで頑張らないとだね。
 でも、良くそのブリーチした髪を
 黒に染めようと思ったよね。
 嫌じゃなかったの?」


「さすがにカツラしながら
 サッカーはしたくないよ。
 汗の量が半端ないもん。
 フットサルより走る距離
 長いんだぞ。」


「分かるよ。コートが広いもんね。」


「菜穂もだぞ。」


「は?」


「木村に言ってたから。」


「な? 勝手に言わないでよ。
 まだ決めてないから。」


「どっちが。
 先に勝手に話を進めたのは
 そっちだろ。
 良いじゃん、俺も一緒なら。」



「むしろ、壮大に不安しかないわ。」



「それ、どういう意味?」


「フットサルどうするんのよ。
 みんな待ってるんじゃん。
 いつも。」


 完全の龍弥の話をスルーをする菜穂。


「んー、フットサルは
 今日の夜行って、最後かな。
 明日からサッカー部の
 練習に参加しないと
 サッカー部の
 メンバーの人間関係を
 作り上げるのにさすがに
 いきなり行ってすぐには
 無理だから…。」


「……そんなん考えてるの?」


「いや、基本、
 サッカーはチームワークだから
 分かるだろ。
 フットサルやってて気づきませんか?
 俺の立ち位置…。」


「あぁ。はいはい。そうですね。
 私のことは置き去りで
 他の人のところに
 良く行きますよね…。
 最近は特に…。」


「何、それ。妬いてるの?」


「……なんでもないです。
 聞かなかったことに
 してください。」

 両耳を塞ぐ菜穂。


「なになに、ちょっと龍弥くん、
 髪、黒いんだけど!!
 マジどったの?」


 まゆみが興味津々でやってきた。
 菜穂はもう会話に入るのも面倒に
 なった。

 龍弥も何かとまゆみに関わると
 ろくなことがないと
 思っていたため、
 さらりと交わした。


「夏だから、ほら、気分転換ね。」


「そんな、気分転換で染める
 感じしないけど…。」


 交わしきれない龍弥は結局、
 まゆみにも真実を説明する。


「そうだったんだ。 
 黒も全然似合ってるよ。
 まさに優等生みたい。」

 そんな話をしていると
 ホームルームが始まった。

 今日の午後には、補習があるらしく
 テストで赤点を取ったものは
 この教室で解き直しらしい。

 見事に補習を受けることになった者は、直々に先生からプリントを
 配布される。

 そのまさかの学年1位だった龍弥が
 選ばれていた。

「嘘だろ。おいおい。
 龍弥、髪黒して、テストも赤点って
 普通、逆だろ?」
 
 石田は少し嬉しそうに言う。

「一生の不覚だわ…
 問題は全部分かっていたんだよ。
 あのテスト、悔しいのは大学の入試を  
 真似てマークシートみたいに
 アルファベットで答えるやつだろ?   
 解く順番が
 1行ズレてただけなんだよ!!
 本当は答えあってたのに!!
 ちくしょう!!
 まさかの赤点…。」


 数学の岸谷先生はニヤリとメガネを
 掛け直した。
 マークシートのような解き方を
 提案した張本人だ。
 龍弥のような凡ミスをする生徒を
 陥れたかったようだ。


「大丈夫!!龍弥、私もだから。
 しかも2教科。数学と英語。」

 菜穂はペラペラと
 補習プリントの紙を見せた。

「大丈夫だ。俺は全教科だ。」


「菜穂にアドバイス言われても…。
 俺は数学だけだって。
 中身全部知ってるのに
 赤点って最悪だ。」


「まぁ、猿も木から落ちるって
 ことだよね。」



「国語は得意っぽいね。」



「そこは任せて!!」


「俺は無視かよ・・・。」


 石田は完全にスルーされている。

 

 ***


 無事、補習授業を受けて、これからサッカー部への転部手続きに職員室へ行こうとした。机にあったバックを肩にかけた。


「菜穂、俺、今日サッカー部に
 顔出しに行かなきゃないんだけど、
 お前はどうすんの?」


「え、マネージャーの仕事の話、
 まだやってないけど、
 急に言って良いもんなの?
 てか部活って何時まで?
 フットサルに間に合う?
 20時からでしょう。」


「用事あるって抜けてくれば、
 良いでしょう。
 俺は部員だから無理だけど、
 マネージャーなら融通効くん
 じゃないの?」


「えー。私、
 まだ心の準備できてないん
 ですけど…。」


「良いから、行くよ。ほら。」


「やだー。無理ー。
 私、龍弥みたいに初めて会う人と
 ペラペラ話せないんだから。
 人見知り激しいんだよ?」


「あれは、
 俺じゃない俺が話してるの。」


「は? 意味わからない。
 そんなのできないもん。」

 龍弥は菜穂の首根っこをつかんで
 猫のように誘導した。


「良いから、なんとかなるから。 
 木村がそれとなくもう、メンバーに
 話してるって言ってたぞ。」


「えーーーーー。尚更、やだ。
 木村くんなんて嫌いだよおーーー。」


 ズルズル引きずられながら、
 結局、サッカー部の練習に
 お邪魔させてもらうことになった。

 サッカーコートでは走り込みを始めていた。キャプテンの3年福田勇気(ふくだゆうき)がみんなに声をかけた。


「集合!!!」


 顧問の熊谷先生と外部コーチの里島(さとじま)を中央にして、脇に龍弥と菜穂が並ぶことになった。


「お願いします。」

 整列し、お辞儀とともに挨拶する。

「中途入部にはなるが、入院している
池崎(いけざき)の代わりに急遽入ってもらった、白狼、自己紹介をしてくれ。」

「1年の白狼 龍弥です。
 中学の時にサッカー部では
 ミッドフィルダーを担当して
 いました。
 途中入部ですいませんが、
 よろしくお願いします。」

「あと、
 マネージャーもしてくれるって
 ことで、雪田、自己紹介して。」


「はい。1年の雪田菜穂です。
 サッカーについては初心者で
 全然わかりませんが、
 サポート役で頑張ります。
 よろしくお願いします。」



「以上、2名が新しく、
 サッカー部に入りました。
 みんな、
 人数もどうにか揃ったわけだから、
 サッカー経験者が入ってくれて
 かなり即戦力になると思う。
 気合い入れて、
 来週の練習試合に挑むぞ!!」


「はい!!」


 部員全員が大きな声で返事をした。
 統一感がある。
 龍弥と菜穂は、フットサルとは違う
 空気感に圧倒された。


「菜穂ちゃん、さっきそれぞれの紹介はなかったんだけど、3年の庄司恭子(しょうじきょうこ)先輩。同じマネージャーだよ。」

 木村が、庄司先輩を連れて、菜穂の前にやってきた。

「はじめまして、庄司恭子です。
 菜穂ちゃんだよね。
 木村くんからちょこちょこ話は
 聞いてたよ。白狼くんの彼女…?」


「あ、あ…。雪田菜穂です。
 え、まぁ、そうなんですけど、
 あまり大きな声では言いたくない
 って言うか。」


「菜穂ちゃん、今更だよ。
 サッカー部みんな知ってるよ。
 白狼くんは
 校内で有名人のようだから、
 俺から言わなくても
 下校中の2人を何度も
 目撃されてるって。」



「そうでしたか…。
 それなら仕方ないですね。
 色々教えていただけると
 嬉しいです。
 よろしくお願いします。」


「もちろん。私の代わりをできるように
 してもらうつもりだよ。」


「え?!」


「私、3年だから。秋には引退だし。
 それまでしごくからね。
 菜穂ちゃん、よろしくね。」


「は、はぁ。はーい。」

 苦笑いをして、返事をした。
 庄司は腕まくりをして
 気合いを入れる。


「龍弥~、久しぶりだな。
 待ってたんだぞ。
 てか、髪、真っ黒だな。
 マジ、中学以来じゃん。」

 中学が一緒の大友が声をかけてきた。

「お、おう。久しぶり。
 大友もサッカー長いよな。
 調子どう?」


「まずまずな。
 入院してるってやつ、
 池崎って言うんだけど、
 そいつ結構チームの柱みたいに
 なってて
 今回試合に出れないことが
 かなりの痛手でさぁ。
 まぁ、龍弥は池崎と
 同じポジションでもあったし、
 ちょうどいいって熊谷先生も
 言ってたのさ。
 サッカー離れしてたみたいだけど、
 体力大丈夫なわけ?」


「まぁ、平日の夜に週3回くらい
 フットサル通ってて、
 ボールには慣らしてたけど
 スタミナは前より落ちたかも
 しんない。
 走り込みはやらないからさ。」


「あー、フットサルか。
 あれは、距離が短い分、
 ボール回しも早いだろ。
 バスケットみたいな感じだもんな。
 サッカーコートより狭いし、
 短距離走だもんな。」

 大友と龍弥は、コートでお互いの筋肉のストレッチをしながら話していた。

 開脚をして、押してみると前よりも硬くなっていることに気づく。

「これはやばいな。もっと柔らかくしておかないと。」


 菜穂の方はというと、白い屋根のテントの下でスポーツドリンクの作り方を教わっていた。

「菜穂ちゃん。いいかな。この粉末に対して水がこの辺まで入るから。ぴっちり入れてね。」

「はい!わかりました。あと、これは応急処置セットですよね。」

「そうそう、
 マネージャーって雑用が
 多いんだけどさ。
 結構重要って感じだよ。
 スコアブックに得点と
 誰が入れたかとか
 名前書くところあるから。
 まずは選手の名前、背番号を
 覚えるところから始まるかな。
 まぁ、得点入れるのは
 基本FWだから覚えやすいかな。
 白狼くんと木村くんだし、
 2年、3年のメンバーは
 まだ覚えてないもんね。
 意外と弱小なのよ。
 優しすぎる先輩達が多いから
 熱が足りなくて…。
 その代わり、木村くんと
 今いないけど、池崎くんが
 このサッカー部を
 盛り上げてくれていたんだよね。
 白狼くん来てくれて本当助かるよ。
 大友くんから聞いてたけど、
 結構ムードメーカーらしいよね。」



「ごめんなさい。
 それ、中学の話だと思います。
 高校になってからはいろいろあって
 性格歪んでますよ、あの人。
 でもTPOが変われば
 頑張って盛り上げるのかな。」


「さすが、彼女だけあるね。
 詳しく知ってるんじゃない。
 菜穂ちゃんいないと
 だめなんだね、きっと。
 白狼くんって。」


「そんな、まさか…。」


「性格が違うとか、ただの友達では
 わからないでしょう。
 白狼くんの良く見てるってこと
 でしょう。
 頼もしい!
 これからもサポート頼むよ。」

「はぁ…。」


 本当にこれでよかったのかと
 心配になる菜穂。
 想像していたより重労働ではなかったことにホッとした。
 恭子先輩も気さくで
 話しやすい人だった。

 木村が少し情報を流していたおかげで
 会話もスムーズにできた。
 恥ずかしいさは消えなかった。

 龍弥は、ストレッチや、
 ボールの蹴り合い練習に
 軽く参加した。
 
 横目でちらりと
 菜穂が恭子先輩と話しているのを
 しっかりと確認して
 近くにいることを確認できた。


 今日の部活は初日ということもあり、
 途中で帰っていいぞと熊谷先生の
 配慮のもと、18時あがりで
 終わらせた。

 お先にしますと声をかけて、
 菜穂の後ろを着いていく。


「どうだった?」

 龍弥は息があがる。

「うん。思ってたより
 できそうな内容だった。」


 恭子先輩に教わった
 マネージャーの仕事内容のメモを
 確認した。


「なら、良かった。」


 外はもうつるべ落としに
 真っ暗になっていた。


「てか、そんなに息上がって、
 これからフットサル行けるの?」


「んんー。
 ハードに動けないから
 キーパーしようかな。」



「無理してんじゃないの?」



「でも、最後だし、
 顔出さないと次みんなに
 会えるのいつになるか
 わからないし。」


「まぁ、確かに。
 そしたら、私の送りしなくても
 いいから。まっすぐ帰りなよ。」


「菜穂が危ないじゃん。
 いいよ、
 別にそれは苦じゃないから。」


「良いから。早めに帰ってから
 あと行けばいいでしょう。」


「おい、背中押すなよ。
 こんな真っ暗な中、
 1人で帰るの危ないって。」


「私は平気だよ。
 防犯ブザーあるもの。」

「あ、ああ。そっか。
 んじゃ、またあとで。」

 龍弥はなんであの時、振り切って
 きちんと送らなかったんだろうと
 思った。


 菜穂が言ったからって
 それは譲っちゃいけなかったんだ。


 まさか、事件に巻き込まれるなんて
 知る由もない。



「うん。あとでね。」

 手を振ってそれぞれの方向へ歩いて行った。街灯もない道をスマホの明かりを頼りに菜穂は約20分の距離を歩いた。

 人通りの少ない小道。

 いつもなら、龍弥に歩いて送ってもらっていた。

 こんな真っ暗な道を帰るのは
 これが初めてだった。

 なんで、引き下がって送ってもらわなかったんだろう。

 落ち着いて、音楽でも聞いて帰れば良かったのに、変に後ろから近づいてくる足音に気づかなかった。


 上から下まで真っ黒い服を着た男が忍びより、後ろから腕を回された。
 身動きが取れない。
 
 住宅地やお店もない田んぼが
 広がっていた。
 
 助けを呼んでも誰も来ないところ
 だった。


「きゃー!」


 手元に防犯ブザーを持っていたが、
 鳴らす余裕もなく、そのままハンカチに仕込まれたものを鼻と口にあてられて
意識を失った。


 どうして、こういう時に限って
 いろんなことが起きるんだろう。

 その頃、無意識に龍弥は胸騒ぎを感じた。後ろを振り返って


「菜穂…?」


 誰もいなかった。

 気のせいかと思い、家路を急いだ。


 鈴虫が鳴いている。
 少しずつ秋の虫も鳴いてきていた。
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