スノーフレークに憧れて

第33話

 
 窓から日差しが差し込んだ。

 閉めたはずのカーテンは
 少し開いていた。

 顔から体にまっすぐ線を引いたように眩しかった。

 手で顔を隠した。

 手のひらまで暑い。

 今朝はタイマーをつけていたエアコンは切れていた。

 じわじわムシムシと汗が出てくる。

 シャツで仰いで風を送る。


 ベッドの枕元に置いていたスマホを拾い上げて、ラインを確認した。

 朝になっても既読になってない。

 この調子が1週間も経つ。

 自分ばかりが焦ってるのか。

 求めすぎなのか。

 メッセージのやり取りを
 途中までやって最後に送るのは
 いつも龍弥の方で、
 待てど暮らせど
 既読にならない。

 菜穂はただ単に寝落ち
 になっているだけ

 それを受け入れがたいらしく
 いつも朝にあって
 読む読まないで
 喧嘩になって
 同じ会話。

 最後の言葉は何かって
 『好き』で終わるから

 今までずっとめんどくさがって
 ラインしなかったくせに
 付き合うになった途端
 龍弥は、熱の上げ方が変わる。

 菜穂は恥ずかしすぎて
 逆に返事できず
 寝落ちしたとごまかしていた。


 どっちが女子で男子なのか。

 女々しくなっている。

 不安で仕方ない。

 いつ嫌になるかとか
 
 まゆみみたいに別れようとか
 はっきり言われるのか
 
 変に心配する。


「なぁ!! 話の途中だから。」

 登校してすぐの昇降口で
 龍弥に会う菜穂。

 ラインをまた見てなかったのかで
 第一声で喧嘩する。

 靴箱の扉をバシッと閉める。

「だから! 何回も言ってんじゃん。
 眠かったの。」


「だったら、
 朝起きてすぐに返事よこしてよ。」


「いいじゃん。
 どうせ、学校で会うんだし。」


「ラインと学校は違うだろ?!」


「……。」


 何だか返事をするのも
 面倒になった菜穂は無視をした。


「無視すんなよ!!」


「はいはいはい。
 朝から痴話喧嘩っすか~。」

 石田が後ろから声をかける。

「あぁ!!だからどうした。」

 なぜか石田にもキレる龍弥。

「まぁまぁ、落ち着けって。
 お前にいいことを
 教えてやるからさ。」


 石田は龍弥の肩に腕を回した。


「今日の昼休み、
 お前が前に興味持ってたマニキュアを持ってきたんだぞっと。
 ほら、姉ちゃんから余っているのを
 もらってきたから
 塗ってみたらいいさ。」


「お? それは良い話だ。
 何の色あるの?」


 イライラを解消できたらしく、
 それを見た菜穂はため息をついて
 先に教室に向かった。


 龍弥は石田が持ってきたマニキュアが入ったポーチから好きな色を見ていた。

 中には銀河系をイメージできる青とキラキラのラメが入っていたものやクリア色、ゴールド、シルバーなど興味惹かれるものばかりあった。


「これいいなぁ。」


「だろ? 今だけだぞ。
 爪とかいじれるの。
 お前、
 おしゃれできなくなるもんな。」


「え?なんで?」


「黒に染めるんだろ?」


「え?だからなんで?」


「だって、サッカー部に入るって
 話じゃないの?」


「ん?」


「え?」


「ん?それどこ情報?」


「お前の彼女が木村に
 何か言ってるの聞いちゃったから。」


「な!? あいつ勝手に
 話進めようとしてる??」


「それは知らないけど。
 本人に聞いてみればいいじゃん。」

 関係ないのになぜか石田は
 龍弥に胸ぐらをつかまれた。
 冷静に戻って手をそっと外した。



 教室に行くと、菜穂はまゆみと話をしていた。


「文化祭の話なんだけどさ。
 菜穂、カフェ店員やる?
 ぬいぐるみ着る?
 何がいい?」


「えー、なんかどれもやだな。
 他にはないの?」

「ポスター作りとか、かなぁ。
 てか、メインは石田と龍弥くんの
 女装店員なんだけどさ。
 あの2人男のくせに肌白いから
 いじりがいありそうだよね。」

「んじゃ、やっぱり、
 ぬいぐるみがいいかな。」

 菜穂は、なるべく龍弥と接点の
 なさそうなものを選んだ。


「暑いけど大丈夫?
 まぁ、顔は見られないけど。」


「目立つより良いかな。」


「ちょっと勝手に女装とか
 決めんなよ。」

 龍弥は席に座って話に入り込む。


「これは絶対条件だよ。
 このクラスの売り上げに
 かかってるの。
 石田からなんか言われなかった。」


「あ!龍弥、言うの忘れてた。
 さっき言ってたマニキュアあげるから
 一緒に女装しよう??」

 石田に誘われたというより物で
 釣られている。


「乗った!!」

 欲に負ける。

 早かった。
 
 菜穂はガクッと体を倒した。

「乗るんかい?!」


「あれは欲しいから。
 やってみたいし。」


「本当は
 女装するの嫌じゃ
 なかったりして…。」 

 菜穂は龍弥に探りを入れてみるが、
 まんざらでもない様子。

 どんな女装にするか
 石田と
 スマホで確認して
 盛り上がっていた。

 そりゃぁそうだ。
 カツラまでかぶって
 自分じゃない誰かに
 変装するのには
 慣れている。


(私のことはどうでもいいのか。
 話、全然聞いてないし。)


 構われると嫌になるが
 放っておかれると
 何だか寂しくなる菜穂。


「菜穂、さっきなんか言った??」


 思い出したように声かける。


「にゃんでもない。」


「きも。」

 
 菜穂は、猫の真似して答えたが、
 龍弥は、顔を青くして引いた。

「ひど。」

 泣きそうになる。

「嘘だよ。可愛い可愛い!!」

 ごまかすように頭を撫でる。

 いや絶対、今のは本気だ。



「そろそろ良いですか?」


「はっ!?」


「授業中にいちゃつくのは
 やめてもらえますか?」


 数学の岸谷先生がかけていたメガネを
かけ直した。


「すいません!!」

 時系列を把握できてなかった2人。
ホームルームだと思っていたが、
すでに数学になっていたようだ。


 クラスメイトの全員に
 目撃されている。


 どっと笑いが起こる。


 菜穂と龍弥が交際してると宣言した  
 このクラスは
 何だか和やかになってきた。

 笑いを作る2人のようだ。


***


昼休み、
菜穂は大好きなメロンパンとアロエジュースを堪能していた。

「菜穂、今日、弁当じゃないの?」


「うん。お母さん、具合悪いからって買ってって言われたから。」


「自分で作ればいいだろ。」


「……。」


 ギロリと目で睨む。


「え?何か悪いこと言った?」



「それができたら苦労しないよ。
 台所に勝手に入るなって
 怒られるんだから。
 冷蔵庫の中身も減らすなとか。
 母は冷蔵庫の中身を
 全部把握するタイプの人だから。」


「ふへぇ~。そうでしたか。」

 
「龍弥はおばあちゃん、 
 毎日詰めてくれるんでしょう。
 美味しそうだよね。
 いつも違うメニュー考えてて
 凄いわ。
 ウチの母はほぼ梅干しの日の丸
 弁当率が多いから。」

 ジーと弁当の中身を見る。

「食う?」

 アスパラベーコン巻きを箸で摘んで
 菜穂の口に運んだ。


「うまっ!」


「うわ、今、平然とあーんとか
 してるし、
 お暑いね。
 お二人さん。」


「見るな!!」


「って遅いよ。」


「確かに。
 そういや、石田見て
 思い出した。
 サッカー部のこと
 木村に何を話したんだよ。」



「え、何って、
 龍弥やりたがってるって
 言うんだけどって…。」


「何、勝手に言ってんだよ。
 頼んでないって。」


「サッカー部マネージャーは
 募集してないの?って聞いたの。
 話を最後まで聞きなよ。」



「……マネージャー?」


「うん。」


「誰?俺がマネージャーするの?」


「違うよ。私が。」


「なんで?木村いるから?」


「なんで木村くん出てくるのよ。
 あんたがサッカーするなら
 私がマネージャーするって
 言ってんでしょうが。」


「え~?お前が? 
 サッカー部のマネージャーの花が
 薄くなくなるんじゃね?
 ご迷惑じゃねえの?」


 頬にグーパンチする菜穂。

「うわ、めっちゃ入ってる。
 菜穂ちゃん、ボクサーの素質ある?」

 石田はかわいそうにと龍弥を慰める。


「そういうなら
 もう知らない。
 勝手にどうぞ。
 考えた私がばかだったわ。」


「おい、どこ行くんだよ。」


 教室をイライラしながら出ていく。
 慌てて着いていく。


「ついてこないで!!」


「別にいいだろ。」


「バカじゃないの。
 ここ女子トイレだっつーの。」

 バチんと扉を閉めて、個室に入った。

 1人で必死に頑張って 
 龍弥のためにと考えたのに
 冗談でも
 言ってほしくなかった。

 恥ずかしい思いで木村にマネージャーのことを聞いたのに、それを知らない龍弥。


 とある休み時間、
 菜穂は木村に話しかけた。

「え、
 サッカー部マネージャー? 
 そうだね。
 確かに人員不足ではあるよ。
 女子マネージャーが3年生の
 1人しかいないから
 1年で入ってもらえるのは
 助かるかも? 
 何、奈緒ちゃん、
 マネージャー志望?」


「今すぐではないんだけど
 いずれ……。」


「ん? なんで?」


「あー…えっと…。」


「あ~。わかった。白狼くんね。
 熊谷先生から聞いてたよ。
 交渉中って話。
 俺がどうしても
 生徒会に参加するときに
 戦力メンバーが足りないって話でさ。
 白狼くんと同じ中学の子から
 すごいサッカー上手いよって
 言う流れで入ってもらえると
 嬉しいって…。
 でも、菜穂ちゃんも関係するって
 こと?」


「実はみんなには内緒なんだけど、
 あいつと一緒のフットサルクラブに
 行ってて、
 一緒にそれをやりたいから
 サッカー部には入りたくないって
 駄々こねてたから、
 マネージャーとして入れば
 サッカー部行くかなと思ってて…。
 でも活動ってハードかな。」


「……愛だね、菜穂ちゃん。
 優しいなぁ。」


「ごめん、言わないで。」

 恥ずかしくなって赤くなる。



「ごめんごめん。ついね。
 確かに
 マネージャーの仕事は部活ある
 平日5日と試合があれば土日もだし。
 今、写真部でしょう。
 週に1回が急に5日とかなると
 大変っちゃ大変だよね。
 どう?できそう?」


「…うーん。
 やってみないとわからない。
 そのフットサルも週に3回
 行ってるんだ。
 龍弥、アルバイトも土日と
 平日合わせて週3日行ってるって
 言ってたからあいつは
 体力は大丈夫そうだけど、
 問題は私の方かな。
 できるかな。」

木村は頬杖をついてニコニコしながら話を聞く。

「へぇ~。よく知ってるんだね。
 何だか泣けてきた。」

「な、なんで?」


「そこまで
 好かれているのに嫉妬しちゃう。
 元彼ではないけど
 元好きな人ですから。」


「あ~……ごめんね。」


「いいの。
 俺の魅力が弱かったせいだから。」


「……。マネージャーの件、
 もう少し考えてみるね。
 本人もサッカーしたがっているのは
 確かなんだけど。
 私が行動すればなのかは
 わからないから。」


「俺が思うに、
 白狼くんは菜穂ちゃんが行くって
 言ったら  
 着いてくると思うよ。
 フットサルで一緒にやるの
 楽しんでるでしょう。」


「う、うん。それはある。
 聞いてみてからまた報告するね。
 ありがとう。」


 話を終えると
 自分の席に戻っていく。


(菜穂ちゃんは、
 白狼くんのこととなると
 ずいぶん熱が入るんだなぁ。
 なんでそんなに…。羨ましい…。)


 木村は菜穂の姿を追うと、
 龍弥が菜穂の後ろにまわって
 膝カックンして
 遊んでいるのを
 じゃれあってるんなぁと
 うらやましそうに見つめた。


 龍弥に菜穂もいじられて
 嬉しいそうに怒っている。


 普通はいじられたら
 喜びはしないのに。


 菜穂はその分仕返しに、
 背中からくすぐっている。

 龍弥は本気で怒っている。
 イジるが、イジられるのは嫌らしい。

 喧嘩していると思ったら、
 石田に呼ばれて
 ネイル講座のように
 マニキュア塗りが始まった。
 龍弥の他に菜穂やまゆみも
 参加していた。

 初めて塗る龍弥は雑になったことを悔やんだ。
 除光液を塗っては
 塗り直してを
 繰り返して
 写真撮影会が始まる。

 手を顔で覆ってモデルのように
 立ってみたり
 石田と龍弥の背中合わせで
 かっこつけて見せた。

 文化祭の予行練習のようだ。

 楽しく盛り上がっている姿を見て、
 クラスメイトたちも
 混ざってきた。

 マニキュアの争奪戦が始まる。


 ゴタゴタがたがたと机が乱雑になる。



 菜穂と龍弥は教室を抜け出して、
 中庭にあと少しの昼休みの時間
 つぶしに行った。

「みんなの興味が石田に
 集まって行ったな。
 珍しいな。
 あんなに嫌がれてたのに。」


「うん。
 でも、それは龍弥も同じじゃん。
 見えない壁作って
 人寄せ付けないようにして。

 今は全然違うけど。」


「まぁ…。」



「なんで、変わったの?
 ん、変われたの?が正しいかな。」



「……さーてね。なんでしょうかね。」


 2人ともベンチに腰掛けた。


「柔らかくなったよね。表情も。」

 
 右頬をブシっと人差し指で
 差してみた。


「指さすなって。」


 右手で菜穂の指をつかんだ。



「理由があるとしたら、
 菜穂がいたからじゃないのかな。
 素の自分を出せるフットサル場に
 菜穂のお父さんが行ってたことが
 きっかけでね。
 それがなかったら
 見ず知らずのクラスメイトだな。」


「お父さんがあそこに行ってた理由が
 あまり許せないことだったけどね。」


「別にいいじゃん。
 理由探しなんてしなくても
 菜穂がいて
 俺がここにいるんだから。
 そういやさ、
 まともなデートってしたこと
 なくね?」


「え、したじゃん。
 この間、オムライス…
 あ、あれ、結局、龍弥
 食べてないよね。」


「あれは、まだ付き合ってないじゃん。
 ただ腹減ったから食べに行こうって
 なっただけで…。」


「んじゃ、なんか考えてよ。」


「もうすぐ夏休みっしょ。
 お祭り行こうよ。
 花火大会と露店巡り。
 実は、下野さんに誘われてて
 それを言いたかった。」


「なんかさ、最近思うんだけど
 私、性別違うんじゃないかって
 考えちゃう。
 龍弥が女子っぽいんだけど。」

「俺は男子だし。何をどこ見てんの?
 ほら、胸無いし、筋肉あるっしょ?」

「そう言うことじゃなくて……。
 デートを考えるとか
 ライン交換の頻度とか
 既読とか既読スルーとか考えるの
 めんどい。
 ごめん、はっきり言って
 私まめにする方じゃない。
 むしろ付き合う前のペースの方が
 楽だった。」



「え~~~。そういうこと言う?」


「うん。」



「わかったよ。
 スルーしても良いからさ、
 送ってもいいよね?
 スタンプとか。」


「…そういうところが女子っぽいよ。」


「むむむ、良いじゃん。べつに。
 送りたいから送ってるんだって。
 菜穂は菜穂のペースで良いから
 返事ちょうだいよ。」


「……善処します。」


「政治家か?!」


 お互いに熱の入り方が違う。
 龍弥はとにかくライン交換が多い。
 
 菜穂は少なくてもいいから
 要点だけほしい。でも放置は嫌。

 どちらも電話はしたい。

 けど、電話をする時間が取れない。

 学校にいるときも昼休みは必ず一緒。

 帰りはずっと自宅まで送られる。

 付き合う前より
 一緒にいる時間が長い。

 喧嘩は前よりは減ったが
 フットサルにいる時は
 相変わらず試合があるために
 喧嘩も激しい。

 その分、
 学校とフットサルにいるときの
 龍弥は境界が無くなるくらいに
 自然と過ごせるようになった。

 
 そして、
 誰にどう言われたわけじゃないが、
 龍弥の様子が徐々に変わっていくの
 がわかった。



 「え?!」

 夏休み前の最後の登校日
 菜穂は教室に入ってきた龍弥に
 目を丸くした。
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