スノーフレークに憧れて

第36話

「菜穂…、菜穂!!」



 ワイシャツの傷を見て、息を呑んだ龍弥は声の大きさを段々と上げていく。




温かいお湯を頭からかぶって気持ちの
切り替えをしていたところ、
突然、洗面所の方から声がする。




 膝を抱えた体を起こして扉を開けずにシャワーを止めてみた。



「ん? …え? 
 嘘。龍弥、なんでいんの!? 
 ちょ、着替えとかあるし、
 見ないでくれない!? やめてよ!」



 龍弥が急に家の中に
 入ってきてることと、
 着替えが洗面所に
 散らかってるところが
 恥ずかしすぎて気持ちは
 それどころじゃない。


 それにしても、裸だし、
 外にも出たくない。


 早くどこかに行ってほしい。


 菜穂は離れてほしいことを伝えたが、言うことを聞かない。


「見ないから、出てきて! 
 後ろ見てるから。」


「えーーー、絶対嘘だよね。
 本当にやめてほしいんだけど、
 リビングに行ってて!!」


「はいはい。わかりました。」


 そう言いながらも、
 リビングに続く廊下で待っていた。


 お風呂場のドアを開けて、
 バスタオルで体を拭いて、
 慌てて体に巻きつけた。
 フェイスタオルを頭につけて
 タオルドライをした。

 パンツを履いて
 ブラをつけておいた。


 明らかに裸でないことを確認すると
そろりと龍弥は覗いた。



「何かあったんだろ?」



 腕をつかんで
 ぎゅっとハグをした。



「俺がしっかりここまで
 送らなかったから、ごめん。
 怪我してない?」


 有無も言わせないで、
 龍弥はそのまま菜穂を
 お姫様抱っこして部屋に
 連れて行った。

 
 菜穂はバカバカ言いながらも、
 グーで龍弥の胸をパンチした。


「ちょっとやめてよ!
 服着てないんだから!!」


 抱っこされたまま、
 ポカポカと龍弥を叩く。
 
 気にもせず、龍弥は菜穂を
 ベッドの上にそっと寝かせた。



「マジで何もされてない?本当に?
 見せてよ。」


「やだ、見せたくない。恥ずかしい!」



菜穂はふとんに潜り込んで体を
全部隠した。



ふと、菜穂の体を確かめようとした時、一瞬見えた鎖骨の傷が斜めに少しだけ赤くなっていた。

 血が出るほどでないようだ。


「怖かった。
 雑木林に連れて行かれて、
 ナイフ突きつけられた。
 何か、龍弥のこと言ってて、
 許さないっても言ってたんだけど。
 なんか恨まれることしてた?」

ふとんにくるまって雪だるまのようになった菜穂は話し出す。


「恨まれる?襲われたのって
 俺が関係してるの?」


「今日、龍弥が入部したこと
 知ってたよ。サッカー部に
 関係する人なのかも。」


「そっか…。あとで調べておくから。
 ねえ、マジで鎖骨見して! 
 血が出てるからも知んないから!」


「ばか!!スケベなことしか
 考えてないだろ!」

 
 菜穂は近くにあった枕を投げて、
 龍弥に攻撃する。
 顔に枕が思いっきり当たる。

「好きなやつの体見たいって思って 
 何が悪いんだよ!!」


「…まぁ、確かに。」


 すると玄関の扉が開く音がした。


「ただいま~。遅くなっちゃったぁ。
 菜穂いたの?
 ごめんね、今ご飯作るから。」


 母の沙夜が帰ってきたようだ。


「ま、まずいじゃん。
 ちょっと隠れて!!」



「え、なんで? 
 隠れなくて良くない?」



「良いから。」


 菜穂は慌てて、
 クローゼットの中に龍弥を押し込み、   
 なぜか、自分も一緒に入っていた。

 人は慌てると何をしでかすか
 わからない。


「菜穂~、どこにいるの?」


 沙夜は、菜穂の部屋を開けるが
 誰もいないことに気づく。

 クローゼットに隠れた2人は
 かくれんぼをしている状況で
 すごくドキドキした。
 
 見つかったらどうしようと気持ちが
 あった。


「あれ、いないなぁ。
 まぁいいか。」


(良いのかよ!?)


 龍弥は心の中でツッコミを入れた。

 沙夜はそのまま下へ行った。

 ふぅとため息をついた。

 隠れることに必死になっていた菜穂は
 つけていたバスタオルが落ちている
 ことに気づかなかった。

 
 パンツとブラだけの姿になって、
 隠しようがなかった。

 暗闇の中、目をこらして龍弥は
 菜穂の鎖骨に指をなぞった。
 
 そっとまっすぐについたナイフの傷が  
 残っている。


 ギリギリのラインで血が出ていない。


「痛い?」



「ううん、痛くない。痛くはないけど、すごく怖かった。暗い道歩くのは無理かも。思い出す。」

 
 夜の通学路は菜穂にとって恐怖の道になってしまった。


「絶対俺が一緒に帰るから。」

 
 クローゼットの中、龍弥は菜穂を
 ぎゅっと抱きしめた。

 幾分、気持ちが落ち着いた。
 
 ふと沈黙が続くと、見つめ合って
 慰めるようにとろけるような
 キスをした。


 理性が飛ぶのを抑えて、
 目の前のハンガーにかかっていた
 水色のフリルワンピースを取って、
 パサっと上からかぶせた。
  


「いつまでもそのままでいるなよ。
 ささっと着ろって。
 風邪、引くだろって。」




 龍弥はクローゼットから出て、
 体を伸ばした。
 


 まさか、狭い空間で事を進めるには
 自分には技術が足らないなと
 断念した。
 


 いつ、菜穂の母が来るかわからない
 スリルがあったからだ。



 菜穂はそれ以上の何かがあると
 少しだけ思っていたらしく、
 思いがけない態度に何だか
 ご不満だった。



「てかさ、
 菜穂のお母さんに絶対バレてるって、
 俺、出入り口門の前にバイク停めてる
 し、玄関に俺の靴あるから。」



「あー、
 バイクは車庫の反対側だから
 見えないと思うけど、
 確かに靴はバレるかな。
 大丈夫!!
 お父さんも
 龍弥と同じ靴履いたりするから、
 まだ、きっとバレてない。」



「でも、どうやって
 俺、帰ればいいの?」

 

「ちょっと下見てくるよ。」


 菜穂は、そっと下を覗き行く。
 沙夜がご飯を作ってるかと
 思ったが、
 テレビと電気をつけっぱなしに
 なっていて、
 沙夜はどこにもいなかった。
 

 いつも掛けておく場所に
 車の鍵がなかったため、
 きっと買い物に行ったんだと
 解釈した。

 
 菜穂は今のうちに帰った方がいいと
 龍弥を誘導して、玄関からそのまま
 見送った。

 バイクのエンジンをつけて走らせると  同時に沙夜が買い物から帰ってきた。
 それと一緒に父の将志も
 帰ってきたようだった。


「ただいまぁ。
 あれ、菜穂、いたの?
 お酒、買ってきちゃったぁ。
 もう、週末はお酒がないと 
 ストレス発散できないから。
 今、お父さんも帰ってきたから。」


「うん、おかえり。
 上でずっと寝てたよ。」


「さっき菜穂の部屋行ったけど、
 いなかったよ。どこにいたの?」


「うーんとトイレかもしれない。」


「そっか。
 今日は簡単にチャーハンと餃子に
 するからね。」



「うん。」



「ただいまぁ。残業、疲れたぁ。
 今日のご飯なに?」


 父の将志が帰ってきた。
 母は、リビングのドアを開けて、
 お酒を見せびらかした。

「今日は、餃子とチャーハンで 
 乾杯ね!」


「やったぁ。
 ちょうど食べたかったんだ。」


 お互い、何をしたら喜ぶか
 を分かり始めた。    
 喧嘩をしてからさらによりを
 戻して夫婦は元の仲良しに
 なっていた。

 娘から見ても、見てられないほど
 イチャイチャしている。


 喧嘩するのも嫌だけど
 目の前でいちゃこくのは
 やめてほしいものだ。


 恥ずかしすぎる。



 龍弥のことを何とかごまかせた
 菜穂は 夕ご飯を食べた後、
 部屋に戻って
 スマホを確認した。

 見てなかった龍弥の
 着信履歴と
 珍しくたまっている
 数十件の
 ラインのメッセージとスタンプ。

 返事をするのを
 忘れていたが
 微笑ましかった。



 ありがとうのイラストが
 描かれたパンダを
 送って
 眠りについた。




 今日一日の出来事が
 ハードすぎて
 スマホを片手に
 爆睡して
 ベッドからずり落ちても
 気にしないでいびきかいて 
 眠る龍弥だった。


 隣の部屋で眠っていたいろはが
 あまりにもうるさいいびきに
 洗濯バサミで 
 鼻をふさぎに
 龍弥の部屋に侵入した。


 それでも
 龍弥は
 熟睡していた。


 多少のいびきの大きさは
 小さくなっていた。


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