スノーフレークに憧れて

第37話


カエルの鳴き声が響き渡った。


 今日は朝から雨が降っていた。
 天気予報通り、
 朝から傘が必要だった。


 お気に入りの水玉模様の傘を
 広げた。


「いってきます。」


 菜穂は夏休みになっても学校に
 行かなくてはいけない。


 登校日というわけではなくて、
 龍弥が所属するサッカー部の
 マネージャーも仕事も夏休みに
 休暇はない。


 昨日のナイフ事件は
 表沙汰にしたくなくて
 警察には届を出さなかった。

 
 学校の近くで起きた事件だったが、
 噂にもならなかった。


 恥ずかしい想いをするくらいなら
 言いたくないのが菜穂の本音だ。



 家を出てすぐの電柱の近くで
 大きな透明傘を差した男子が
 立っていた


 傘で誰だか分からなかった。


 知らない人だろうと
 素通りしようとした。



「おはよう!素通りすんなよ?」


 龍弥が黒髪になっていたことを
 忘れていた。


「なんだ、龍弥か。
 知らない人だと思った。
 黒髪になってたこと
 すっかり忘れてたよ?」


「覚えておけっての。」


「おはよう。」


 改めて、菜穂は笑顔で微笑む。

 龍弥の胸に小さな矢がささった。


「それ、マジやばい。」


「え? 何がやばいって??」


 
 龍弥の顔を覗く。


 龍弥は片手で顔を隠す。 


「言わすな…。」


照れて何も言えなくなった。

菜穂は迎えに来てくれたことが
嬉しくてほころんだ。


雨が降っているというのに、
2人の空間だけ別世界だった。


龍弥と付き合ってからというもの菜穂は必要以上に身なりを気にするようになった。

肌の調子も良く、化粧ノリもよい。

恋の力ってすごいなとつくづく感じる。


気になっていたそばかすも
今ではチャームポイントだと、
気にしなくなった。


髪型もその日によって、
ヘアアレンジをするようになる。


誰かのために少しでも見栄えがよくと、考えるから何だと思う。


猫背だった姿勢も
ピンっと胸張っているし、
えくぼも出る回数が増えた。


ずっと前から自信がなかった気持ちも
いつの間にか消え去っていた。


誰かが見ていてくれるだけで、
自己肯定感があがるんだと
菜穂は口元が緩む。


菜穂は、傘を持っていたが、
あえて隣に行くために龍弥の傘に
お邪魔した。


傘の端っこからポタポタと
水滴が垂れていることに気づく。



「一緒の傘入るの良いけど、
 ほら濡れるぞ?」


ぐいっと肩を引き寄せた。

ハッとする菜穂。

心臓が持ちそうにないと
自分の傘を広げた。


「やっぱ、自分の傘、さすから。」


「その方がいいって。
 小雨なら良いけど、
 めっちゃ降ってるし濡れるよ…。」


 龍弥の行動すること1つ1つが
 ドキドキさせられる。


 本人は気にしてないみたいだが、
 菜穂にとっては心臓の高鳴りが
 止められない。



 頬を赤らめては、
 頬を大きく膨らました。


 本当は隣同士、シンプルに
 相合い傘していたかったのにと
 ご不満な顔。


 肩を引き寄せなければ…と歩きながら
 龍弥を見る。


「なんだよ…。」


「何でもない!」


「あっ、そう。」


 雨粒が水たまりに落ちて、
 ぴちゃんぴちゃんとなる。


 歩道を歩く2人。


 すぐ隣の車道では
 車やトラックが、雨の中、
 勢いを増して走っていく。

 時々水たまりがこちらに
 かかりそうになった。

 クリーニング代を
 請求するぞまではいかないが、
 運転手歩行者のことを考えて
 走行してほしいものだと感じた。


「菜穂、
 学校行くのは
 平気なの?」


「うーん
 サッカー部に関係することだけど
 犯人がメンバーの中に
 いなかったから。
 多分、大丈夫だと思う。」


「俺、犯人の目星ついてるから。」


「そうなの?
 …まあ、いざとなれば
 龍弥、守ってくれるっしょ?」


「守るって24時間監視は無理ですが、
 できる限り最善を尽くします。」


「急に敬語?警護ロボット?」


「菜穂にとっては
 辛いこと見たり聞いたり
 するかもしれないけど。
 絶対守るから。
 許して。」


「ん?…うん、よく分からないけど
 とりあえず分かった。
 そういや、今日の部活って雨だから
 筋トレなんだよね?」


「多分、雨の日は校舎内で、
 筋トレをやるって前に
 木村から聞いてたかな。
 あと、階段使って体力づくり
 らしいよ。」



「そうなんだ。雨の日でも
 やることはあるんだね。」


「菜穂、部活終わったら
 一緒に着いてきて欲しいところ
 あるんだけど
 今日なんか用事あった?」


「うん、いいよ。
 何も予定ないから大丈夫。
 どこか行くの?」


「ああ、ちょっとな。
 んじゃ、終わったら。」


 2人は学校に着くと、
 龍弥はサッカー部室に行って
 動きやすいジャージに着替えた。

 すでに部員は全員揃っていた。
 雨が降っていて室内は
 ジメジメしていた。
 
 マネージャーの菜穂と恭子は、
 部室の外でメンバーの準備を
 制服のまま待っていた。


「菜穂ちゃん、おはよう。
 昨日は熟睡できた?
 だいぶ、疲れたんじゃない?」


「恭子先輩、おはようございます。
 昨日はありがとうございました。
 まあまあ。程よい疲れでしたね。」


「そうだよね。
 特に初日は神経使うから頭も体も
 疲れちゃうよね。」


「本当に、そうですね。」

 菜穂は
 あえて、恭子には本当のことは
 言わなかった。

 心配させたくないという気持ちが
 強かった。

「よ、龍弥~。調子どうよ?
 久しぶりにやって
 体、なまってんじゃないの?」

「まずまずだな。
 2日前まで習慣的にフットサル
 やってたから多少の体力は
 あったけど、さすがにコートの
 広さが違うからな?
 走り込みしないと
 追いつかないかもな。」

 半袖を着ようとすると
 大友は龍弥の腹をパンチした。

「おい、ちょ、痛いんだけど。」

「腹筋のトレーニング欠かしてないの?
 割れてんじゃん。
 努力は惜しまない系?」

「俺は、まだまだ。
 ほら、プニプニ系。
 腹筋よりも夜中のゲームのしすぎで
 腱鞘炎になりそうだよ。」

 大友は自分の腹を見せつけた。
 少し柔らかいぷにぷにした
 お腹になっていた。

「ゲームって何してんの?
 俺は、スマホのゲームしかしないから
 分からないけど。」


「色塗って範囲を争うやつ。
 白熱するのよ。
 あれ。」

「あー、子どもにも人気なあれね。
 コンビニでも予約して買ってく人
 いたわ。
 1番くじとかあるもんな。」

「そうそう。
 俺、この間、
 大人買いして
 キーホルダーゲットしたんよ。
 ほら。」

 大友はバックに下げていた
 キーホルダーを見せた。
 キャラクターが
 黄色と青色で描かれた
 カラフルなものだった。


「よかったな。
 それ、人気あって出るまで
 確かに
 買っていく人いたわ。
 俺も買えばよかったな。
 ゲームは知らないけど。」


「え、龍弥、
 コンビニバイトしてたん?」


「ああ。
 高校の春からずっとバイトしてた
 けど、部活するからって
 辞めてきたよ。」


「そうだったか。」


「辞める時、
 店長になんでって何回も
 言われたけど、
 納得してもらえなかったよ。
 部活だって言ってるのに
 聞いてないのかな。」


「辞めてほしくなかったんだな、
 きっと。
 龍弥はどこ行っても
 好かれるんだな。
 羨ましい…。」


「そんなことないよ。
 店長はこき使ってるだけだ。」


 2人は話しながら、
 今日の筋トレする
 廊下へと向かった。

 雨の日のトレーニングは廊下に並んで  
 腹筋・背筋・腕立て伏せを
 30回を3セット。

 それに加えて
 階段の上り下りを
 種類を変えて
 1回目は一段ずつ、
 2回目は1つ飛ばし
 3回目は2つ飛ばしを繰り返した。

 いつもの練習より高低差はあるためか
 息があがりやすい。

 尚更、雨が降っているため
 湿度も高い。


 やり終えた部員たちは息をはぁはぁして床に座り込んだ。


「マジ、きつい…。」


「結構上り下りするだけって
 ハードだわ。」


「ほら、お疲れ様。」

 菜穂と恭子は部員全員に
 スポーツドリンクとタオルを配った。


「おぅ、サンキュー。
 汗かいたときほど、これは美味しく
 感じるんだよな。」


「尚更、嫁からもらうからだろ?」


「嫁じゃねぇって!!彼女だわ。」


 大友にしずられる龍弥は叫んだ。


「いいねぇ、いいねぇ。
 彼女がいるやつは。」

 にやりと龍弥を見る大友。

(早まったかな。
 菜穂にマネージャーさせるの…。)

 不機嫌そうな顔をする龍弥。

 それに気づいてない菜穂は
 恭子と談笑していた。

 人見知りと言っていたが、
 意外にも慣れてきていた。


 龍弥は思い出したように立ち上がり、菜穂が木村に声をかけているのをすぐにかけよった。


「はい、木村くんもこれ飲んで。
 暑いから水分補給しないと。」


「ありがとう。助かる。」

 スポーツドリンクを
 受け取ってすぐ飲んだ。
 さすがの木村も息が上がっている。


「あのさ、木村、
 ちょっと聞きたいことあんだけど
 いい?」


 ペットボトルから飲み口を離して、
 龍弥の声に反応する。

「え、何?」

 龍弥は、
 菜穂から離れて話をしたいらしく、
 階段の影になっているところに
 呼び寄せた。

 部員たちは廊下に座って休んでいた。



「あのさ、辞めた池崎の話なんだけど、
 本当の理由、あるんだろ?
 入院したって嘘なんだろ?」


「……白狼くん、どうしてそれを?」

 木村は顔色を変える。


「誰からも何も聞いてないよ。
 ただ、確認したいだけ。
 本当のこと教えろよ。」


「いや、君にも言えないよ。
 これはサッカー部の秘密なんだ。
 俺からは何も話せない。
 池崎は入院したって
 言えって言ったのは
 顧問の熊谷先生だから。」


「脅されてる?」



「……。」



「ちっ、やっぱ、裏があんのかよ。
 なぁ、んじゃ、
 池崎の住んでいる場所は
 どこかくらい知ってるだろ?」


「それを知ってどうするの?」


「直接、話に行く。」


「白狼くんには関係ない話じゃないの?
 どうしてそこまでして池崎くんの
 こと…。」


「龍弥、今日のお昼って…。
 あ、ごめん、話してるところ
 声かけちゃった。」

 龍弥の表情が険しかった。

「……いや、大丈夫。
 お昼がどうしたって?」


「あ、うん。
 お昼ご飯どうするのかなって
 思って。」


「あー、木村、話の続き
 やっぱり聞きたいから一緒に
 お昼どう?」


「え?お昼?
 ……でも2人の邪魔になるし。」


「気にしないから。
 それよりも菜穂にとっても
 知っていて欲しい情報だからさ、
 頼むよ。」


「菜穂ちゃんに関係するの?」


「龍弥、なんの話?」


「いいから。とにかく、
 一緒にランチな。
 学校近くのファミレスで。
 俺のおごりで良いから。」


「おごりなら、行く。」


「おい!?急に方向転換すぎるだろ?
 まぁ、良いけど。」


 木村はお金を出さなくていいなら
 一緒に行くと同意した。


 菜穂は状況が読めず、
 頭に疑問符を浮かべた。


(木村くんと3人でお昼って
 めっちゃ気まずいんですけど…。
 なんでそんなこと考えるの。)


 トレーニングを終えた
 サッカー部員たちは部室に向かい、
 制服に着替えた。

 大量の汗をかいたため、汗臭さを消すウエットシートや制汗スプレーをする人がいた。

 龍弥もぺたぺたとつける
 化粧水のようなシトラスの匂いが
 する制汗剤を体につけた。

 今の時代の男子は想像以上にまめで
 綺麗好きのようだ。
 
 汗の匂いも気にする男子も
 増えている模様。


 着替えを終えた龍弥と木村は部室の外で待つ菜穂のところに向かった。


「お待たせ。」


「男子でも随分お時間がかかりますね。」


「今の男子は女子力高めで
 お化粧するんです。」


 龍弥は冗談でファンデを塗る素ぶりをした。


「嘘は大丈夫ですー。」



「釣れないなぁ。ほら、行くぞ。」


 
 木村は静かに2人の後ろを
 着いて行った。

 行くと言ったものの、
 やはり2人の間に入って過ごすのは
 気まずさが倍増した。





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