スノーフレークに憧れて

第39話

龍弥と菜穂は、
紫陽花が咲き誇る住宅の横を
歩き続けた。


野良猫が塀の上をゆっくりと
渡っている。


小雨が少し降っていた。


傘をさすほどではなかった。



閑静な住宅が並ぶ。


池崎の家はその並びの奥の奥に
存在していた。



まだ中に入っていないのに外にまで
子どもたちの騒ぐ声が響いていた。



「こら!!喧嘩するんじゃない!!」


 母親の声だろうか。
 喧嘩する兄弟にパチンと叩く音と
 ギャーギャー泣く声が響く。


 龍弥と菜穂は恐る恐る、
 近寄っていく。


「ここであっているよね。」


「ああ、表札も【池崎】って
 書いてるもんな。」

 龍弥はインターホンのボタンを
 押した。


『はい、どちら様ですか?』


後ろの方でギャーギャー泣く声を聞きながら、母親が話した。


圧巻されて龍弥は話す。

「N高校、1年の白狼龍弥と申します。
池崎 隆司(いけざき りゅうじ)くんの家で合っていますか?」


「隆司!! 
 高校の友達、来てるよ!!」


 池崎の母が大きな声で隆司を呼んだ。


「なんだよ、うっせえな。」


「ほら、来てるから、出て。」


「あぁ!!」

 
 逐一母親に話しかけるのが嫌なのかイライラしながら、返事をする隆司は玄関のドアを開けた。

 ラフな格好の黒のハーフパンツと半袖シャツでスマホ片手に素顔のまま出てきた。

 門の前まで来ると龍弥だと気づいていたが、菜穂の姿が見えなかったらしく、ひょこっと顔をのぞかせて、隆司の顔を見ようとすると、ハッとびっくりした顔をしていた。


「……。」


 門を開けたかと思うと、
 龍弥が声をかけようとする前に、
 ダッシュで一目散で逃げようとした。


 隆二の腕をつかもうとしてつかみきれず、菜穂を置いて、龍弥は走り逃げて行く隆二を追いかけた。

 息が上がる。

 まっすぐな道をずっとスピードを
 落とすことなく逃げて行く隆二。

 
 龍弥は負けじと追いかける。


 いつの間にか、
 隆二よりも前に進んで、
 立ち塞がった。


 オリンピック選手の短距離走の
 ような戦いだった。


 がっしりと隆二の腕をつかむ。



「…逃げるんじゃねぇ。」



 はぁはぁと息がお互いに上がる。



「なんでここにいるんだよ。」




「なんで逃げるんだよ。」




「そ、それは……。」



 言うも間も無く、右手のグーで隆二の左頬を思いっきり殴った。

 少し濡れたアスファルトに投げつけられた隆二。
 龍弥の右手から少し血が噴き出ていた。

 急に殴られた池崎は拍子抜け
 していた。

 倒れた隆二のシャツの胸ぐらを
 つかんで
 顔をマジマジと見た。


「お前だろ。菜穂、傷つけたの。」


「え…。」


「今の1発で許してやるから、
 本当のこと言えって。」


「あ、あぁ!!!俺だよ。
 お前がサッカー部に入るって
 言ったら俺が外されたんだ。
 お前が入ってこなければ
 平和にできたはずなんだ。
 なのに、なんで、なんでお前が
 入ってくるんだよ!!!」


 隆二は、力任せに
 龍弥の体に体当たりした。

 何も攻撃しないつもりが、
 思わず反射神経で柔道技の大外刈りで 
 隆二を畳み掛けた。


「……痛っ。
 いつから柔道やってるんだよ。」

 どんと体が地面にたたきつけられて、
 腹をおさえた。


「あ、わるい。
 1発だけって言って、
 足技使ってしまった。」


 龍弥は手を貸して、隆二を起こした。


「ほら、起きろって。」


「……どうせ、負け犬の遠吠えとでも思ってるんだろ?」

 
 龍弥は肩を貸して、
 痛がる隆二の歩くのを手伝った。


「別に、思ってない。」



「どーせ、俺なんか、
 当てにされてないんだよ。」


「池崎、俺は菜穂にしたことは
 絶対許さないけどさ。
 
 サッカー、しようぜ。
 中学の時、試合で戦っただろ?
 最後の試合出られなくて
 ごめんな。
 
 俺、あの時、
 集団暴行にあって退部したんだよ。
 ちょうど、
 今のお前と同じ状況だったんだわ。」


「確かに、中学2年の
 最後の試合お前は来なかった。
 絶対勝ってやるって思ってたのに
 来なかったな。
 
 結局俺らのチームは負けてたけど、
 お前のいない試合はつまらないって
 思ってた。
 
 まさか、こうやって同じ高校で
 サッカー部に入るとは思って
 なかったし、俺のポジション
 奪いに来たかって、焦ったんだ…。
 
 悔しくて悔しくて、
 お前さえいなければって
 思ってたけど、本当は違うって
 知ってたよ。
 調子乗ってた自分。
 先輩に楯突いて、逆らったし。
 
 八つ当たりだ。
 
 やっちゃダメだってわかってたけど、
 発散どころがなかったんだ。
 家に帰ってもあの調子。
 居場所なくてさ。
 むしゃくしゃして歩いてたら、
 龍弥の彼女って言ってたから…。
 じわじわお前に嫌がらせしようと
 思ってたけど、それでも気持ちは
 すっきりしないよな。」 

 隆二は地面に伏せて、土下座した。

「これで許してくれとは言わないけど、
 本当に申し訳なかった。
 もう2度しない。
 だから、警察には…。」


「それ、俺に言うの?」


「え、あ…。そっか。あっちね。」


 隆二は、暗闇の中、隆二の家の前で待っていた菜穂に走り寄って行こうとした。

 菜穂は、また襲われるんじゃないかと恐怖を覚え、やっぱりあの時の犯人だと、ジリジリと後退りする。


「い、いや…。」


 声が震え、涙が出る。
 その場から逃げ出そうと
 暗闇の中に走り出そうとした。

 隆二は着いて行くが、
 菜穂は隆二が近づくだけで
 怖がっている。
 

 それを追い越して、
 龍弥が止めに入る。


「ちょっと待て。
 怖がってるの見えないのか?」


「あ…。だ、だよな。ごめん。」



 少し離れたところに龍弥は菜穂を
 連れて慰めた。


 背中をトントントンと撫でて、
 気持ちをおちつかせた。


「龍弥、もう無理。怖い。」


 手足の震えが止まらない。
 あの時を思い出す。
 声が出ない。

 涙が出る。


「うん。そうだよな。ごめんな。」


 隆二は何も言えなくなった。
 顔を伏せる。



 龍弥は、隆二に近寄った。


「悪いけど、また今度話すわ。
 ちょっと、スマホ出して。」


「え、あ、うん。」


 龍弥はスマホのラインのQRコードを見せた。


「登録しておいて。」


「あ、ああ。」


「菜穂、帰るぞ。」


「……。」


 そのまま、龍弥は両手で顔を隠し、
 震える菜穂を落ち着かせながら、
 来た道を戻ろうとした。



「あ、白狼!!」


「あ??」


「ありがとうな!!!」


「ああ!!」

 イライラしながら、返事をした。


 言葉は少なかったが、
 龍弥は読み取った。
 わざわざ来てくれてありがとうと。


 もう、殴られたり、
 足技をかけられたことは
 忘れてしまっていた。

 それよりもここに来てくれたことが
 嬉しかったようだ。


 菜穂の心中はそれどころじゃない。
 怖い思いしてるのに、
 なんでそんな態度でいられるのか。


 自分のことより、
 池崎のことの方が大事なのかと
 思った。


 歩きながら、菜穂は言う。

「ねぇ、なんで?」

「え?」


「どうして、
 池崎くんに優しくするの?!」


「優しくなんてしてないって。
 グーでパンチしたし、
 足技ではっ倒して来たよ。」

 
 菜穂はその現場にいなかった。
 2人は数十メートル先まで
 走り去っていて
 2人で喧嘩して終わっている。
 

 菜穂は池崎の家の前で
 ずっと待っていた。
 

 戻ってきてすぐに、
 池崎から何か話しかけられようと
 するし、なぜかライン交換してるし、  
 龍弥の考えがわからなかった。


「グーパンチ?はっ倒す?」


「うん。」


「犯人だってわかったよ。
 目元にほくろがあったから
 でもマスクしてたから
 素顔はわからなかったけど。
 でもさ、怖いの。
 また同じことされたらって
 思うから。」


「俺、言ったよね?
 菜穂にとって
 嫌なこと見たり聞いたりするかも
 しれないけど、絶対守るからって
 聞いてなかった?」


「え、でも、だって、
 怖いのは怖いんだよ。
 守ってくれるって…。
 フラッシュバックするんだよ。
 その気持ちはどうすればいいの?
 そういえば、私が安心すると思う?」


「うん!!
 だから前もって言ったんだろ?」


「もういい。
 私、もう、池崎くんには会えない。
 龍弥にも会いたくない!!」


 そう吐き捨てると、菜穂は、
 走って帰って行った。


「なんでだよ。
 俺、グーでやったのに…。
 何がいけなかったっていうんだよ。」

 
 髪をかきあげて
 その場にしゃがみ込む。

 右手を見ると、
 関節部分から血がしたたり
 落ちていた。

 ぺろと舐めたらしょっぱかった。
 自分の汗の味だろう。

 自分が思い描く理想と
 菜穂が思う気持ちがすれ違った。


 そんなとき、龍弥のラインが鳴る。

「もしもし、龍弥です。」

『ちょっと龍弥くん!? 
 昨日といい、今日といい、
 随分放置してくれるじゃないの。
 お祭りの件はどうなったの?』


 下野が気になってメッセージではなく、ライン通話をしてきた。

「あーーー、その件ありましたね。」


『めっちゃ、適当だね。どうするの?
 明日の夕方だよ?行ける?
 こっちは瑞紀と一緒に行くけど、
 龍弥くん、菜穂ちゃんと来れるの?
 てかもう付き合ってるんでしょ?
 1人で来たらダブルデートに
 ならないから絶対連れてきてよ。』


「マジっすか…。」


 龍弥はしゃがみながら、うなだれた。


「ちょおっと、行けるかどうか
 微妙っすね。
 今、喧嘩しちゃって…。」


『は? いつも喧嘩してんじゃん。
 今更でしょう。』


「え、いや、今度は本気のやつ。」


『喧嘩に本気も嘘もあるの?』


「あー、それもそうですよね。
 でも、下野さぁん、
 俺、菜穂と付き合うってなったら、
 どうしたらいいかわからないですよ。  
 喧嘩してた頃の方が
 気持ち楽だったというか…。」


『ふーん、菜穂ちゃんに
 優しさがプラスされたってこと?
 へぇ、龍弥くんがねぇ。
 へー、ほー、見てみたいなぁ。』


「電話切っていいすか?」


『切らないで~! 
 とにかく、悪いなって思ったら
 謝ればいいでしょう。
 喧嘩しても謝らずに
 過ごしてきた君たちには
 難しいのかな?
 相手のこと考えたら、
 きちんと謝って、
 しっかり話を聞きな。
 相手の気持ちと自分の気持ち。
 はっきり言わないとわからないよ?
 好きっていうだけじゃ
 伝わらないことは
 たくさんあるんだから。』


「はぁ……。わかりました。
 下野さん、明日、
 行けたら行きますから。
 よろしくお願いします。」


『行けたらじゃなくて、絶対来いよ~。ちなみに菜穂ちゃんは浴衣必須ね。
瑞紀も浴衣着るって言ってたから。
龍弥くんは私服で良いけど。』


「浴衣…いいっすね。
 着てくれんのかな。」

 菜穂のうなじを想像する龍弥。

『んじゃ、そういうことで菜穂ちゃんによろしくね。』

「はいはい。」

 龍弥は、通話終了ボタンを押した。

 
 明日の夜に花火大会のお祭りがある。
 前から下野と約束していたのを
 すっかり忘れていた。
 
 そして、喧嘩の真っ只中。
 どうするかを悩んで、
 ずっとスマホを見つめ立ち尽くした。


 喧嘩の仲直りってどうするんだっけと
 頭を抱える。

 いつも喧嘩していたはずなのに
 ガチの喧嘩には龍弥は困惑していた。

 付き合うってなったときから 
 遠慮が少しずつ
 生まれていたのかもしれない。


 喧嘩したくないが
 かえって仇となる。
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