スノーフレークに憧れて

第52話

***


暑い夏休みを終えてすぐの週末に
高校の文化祭が開催された。

部活を辞めた龍弥はほぼ、
長期休みということでコンビニバイトのシフトを入れられていた。

菜穂は、夏風邪にかかり
高熱が続いて、咳がずっと止まらず
ほぼ家の中で過ごすという状態だった。


ラインや電話で連絡は
途絶えなかったが、
休みが終わるまでほぼ会うことは
なかった。


いろはが噂を聞いてた龍弥の二股説は
嘘情報で、流していたのは山口まゆみだった。

3年の先輩と付き合っていたのを
振られた腹いせに噂を流して、
困らせようとしていた。

その噂が弁明の余地もなく
校内で流れたまま、
文化祭当日となってしまった。


「ちょっと、そこのファンデーション
 取って。」

 山口まゆみは、
 机に並べた化粧品から
 ファンデーションをとるよう、
 石田に言う。


  これから女装をする
 石田紘也と白狼龍弥は
 教室の中央に2つ並べて
 首にタオルをして
 座っていた。

 
 服装はおしゃれな今年流行りの
 浴衣だった。

 
 龍弥は、黒の背景に水色、
 紫の色の花が描かれた浴衣に
 薄いピンクの帯をしていた。

 紘也は、
 背景が白に黄色い花を描かれた
 浴衣で、帯はベージュ色をしていた。




「ファンデは良いね。
 あとは、つけまつげとアイシャドウと
 ヘアスタイルは黒の長いカツラつけて
 おくれ毛がある感じで
 アップで良いかな?」

 山口まゆみと齋藤美穂子は
 相談しながら2人をメイクしていた。
 
 結構、本格的だった。
 
 男子でも、
 普段から化粧水でお手入れしている
 らしく、ファンデのノリが良かった。

 ひげが気になったが、
 朝に丁寧に剃ってくるよう
 指示されていたため、
 思ったより目立っていなかった。


「ちょ、鏡貸して。」

 龍弥は大きな鏡を借りて、
 顔を確認する。

「あのさ、アイライナーつけてよ。」


「なんで、そういうのわかるの?
 女子より詳しくなっちゃだめだよ。」


「別にいいじゃん。
 今日のためにYouTubeで
 研究してきたんだよ。
 だって女装だろ?
 男に見えちゃいかんだろう。
 あとさ、
 シャドウノーズって持ってる?」

「え…何か、
 メイクの試験受けてるみたい。
 持ってきてたけどさ。
 これ。」


「はいはい。貸して。
 自分でするから。」


 まゆみはじっと龍弥が作業するのを
 見学した。


「てか、私がメイクするより
 上手いんじゃないの?
 将来はオカマバーで働くんですか?」


「違うわ。
 やるからには本気でやってるだけ
 だって。」


「龍弥くんの集中力半端ないね。」


「ねぇ、まゆみちゃん、紘也くんは
 こんな感じでいいかな?」

「え、あー、うん。
 いいよ。紘也は適当で。」

「は?真面目にやれよ。
 クラスの売り上げに
 かかってるんだろ?」

「あー、そうですね。
 はいはい、わかりました。」


 まゆみはイラっとしながら、
 紘也のメイクに集中した。


 そう言いつつも2人とも顔立ちは元々綺麗で後ろから見ても女子と言ってもおかしくはなかった。


「これで良くない?バッチリじゃん。
 女子に見える見える。
 あー。
 ただ、大股で絶対歩かないでね。
 すね毛見えたら最悪だから。」


「りょ~かい。」

 紘也は立ち上がり、
 敬礼のポーズをした。

「俺もこんなもんかな。」

「はー、すごいじゃん。
 完成度高いね。」

 まゆみと美恵子は、
 2人を惚れ惚れした。


「お客さんが来たら
 どんどん看板娘として
 注文受けてね。
 うちのクラスの一押しは
 お抹茶ですから。
 お茶菓子は大福とあんみつだよ。」


「よし。石田。
 売り上げ貢献がんばるぞ。」


「おう。」


「あ!!
 でも、絶対低い声
 出しちゃだめだよ。
 男子ってバレるから。
 高い声出すか絶対喋らないで。」


「そしたら、話さない方、良くね?
 キモいじゃん。
 高い声、無理して出したら。」


「確かに。
 んじゃ、
 注文受けるのは私たち
 やるから
 それぞれメニュー運ぶのを
 お願いしよう。」



「うん。それがいい。
 んで、客引きチームは大丈夫なの?」

 
 龍弥たちは教室の窓をのぞいて
 ガヤガヤと露店が並ぶ
 昇降口で呼び込みをする 
 菜穂と杉本を見た。



「いらっしゃいませー。
 ぜひ、1年3組のお店にぜひどうぞ。
 甘味処 あんみつや です。 
 綺麗な看板娘もいますよぉ。」

 杉本がチラシを配りながら言う。
 
 その横にいたのは、
 クマの大きな着ぐるみをかぶった
 菜穂だった。
 手にはヘリウムガスを入れた
 風船をたくさん持っていた。
 

 小さな子どもたちや可愛い女の子に
 配っていた。
 

「雪田、大丈夫か?
 結構暑いから
 休憩する時声かけて。」

「あ、うん。
 今は大丈夫。」

 モゴモゴとクマのアタマを
 かぶりながら言う。


「てか、炎天下で呼び込み
 マジきついよな。」

「……。」


もう話すことができない。

とりあえずは近寄ってきた可愛いお友達に風船を配ることに集中した。

「雪田、悪い。
 俺、無理だ。
 トイレ行ってくる。
 このチラシ、よろしく頼んだ。」


「え、あ、ちょっと杉本くん!」


 チラシを無理矢理、ぬいぐるみの手に与えられた菜穂。
 持ちにくい上にどこにあるか見えない。
 とりあえず、手探りでチラシを
 配った。

「お願いしま~す。」


暑くて声が震える。


1人で呼び込みって酷すぎる。


何とか通りかかったお客さんは
チラシを受け取ってくれた。

あんみつ目当ての人が多いらしく、
興味を示してくれた。

「ありがとうございます。」

途中、ヤンキーのような2人組に

「何、このクマ。ウケんだけど。」

 バシッと叩かれる。

 混み合っていて
 また違う誰かに叩かれて
 ドンとぶつかった。


 あまりにもぶつかるため、
 菜穂は耐えきれなくて、
 学校の昇降口の中に入って行った。

 持っていた赤、青、黄色の3つの
 風船は空高く飛んでいってしまった。


近くにいた男の子が空を指さして

「お母さん、風船、飛んでいったよ。」

「そうだね。クマさん、
 離しちゃったからかな?」


そのクマさんに入っていた菜穂は、ラウンジに向かって、ベンチに座った。

 ふーと息を吐いて、頭のかぶりものを外した。

 クマさんが気になった男の子とお母さんが様子を見にきていた。

頭のかぶりものを外していることに驚いたお母さんは、男の子の目元を隠して、どこか行ってしまった。

それに気づいた時には既に遅い。

 菜穂は、動けずにモタモタしているとさっきのヤンキーに爆笑されていた。
 中が女子だったことに驚いていた。
 ツボにハマったらしくずっと笑っている。
 恥ずかしくなってかぶりものを頭にかぶろうとしたら、なかなかうまくかぶれなくなった。

 泣きたくなった。

 顔を隠したいのに
 隠せない。




その頃、お客さんがすでに殺到していた
甘味処あんみつやは、てんてこ舞いだった。
 龍弥は知らないメガネをかけた
 お腹タプンタプンの
 おじさんに顔を近づけられ、
 ふがふが鼻息を
 荒く、じっと見つめられる。
 
 キャバクラや風俗と
 勘違いされているのか
 
 それほど女子っぽいということか。
 
 イライラして、声を出さないつもりが
 舌打ちをしてしまった。

 一瞬にして、男だと気づいた
 おじさんは怖がって逃げて行った。


 紘也の方は他校の女子高校生に
 男子だということがバレて
 写真を一緒に撮ってくださいと
 言われていた。

「かっこいいよねぇ。
 女装似合いますね。」

 恥ずかしいそうにぺこりと
 頭を下げる。



 ふぅとため息をつく龍弥は、
 元は男子なのにキラキラと綺麗で
 本物の女子みたいになっていて
 他クラスのまゆみの
 友達の坂本秋菜と佐藤美鈴が
 惚れ惚れしていた。

「龍弥くんに
 あんみつ運んでほしいです!」

「あ、私も。」


「はいはい。龍ちゃん、
 注文入りましたよ。」


 龍弥はおしとやかにあんみつを
 乗せたトレイをテーブルまで運んだ。

 歩き方や仕草も研究してきたようで
 なりきっている。


 すると、

「こんにちはー。
 あれ、龍弥くんってどっちかな。」


やって来たのは、フットサルで一緒の
下野康二と齋藤瑞紀だった。


「嘘、マジ、女子になってるし。」

 瑞紀はそれらしい方を見ると仕草や格好が女子そのものにびっくりしていた。


「げっ。」


 下野と瑞紀を見て
 思わず、声が出た龍弥。


「ちょっと声、出さないで。」


 まゆみは肘打ちして止める。


「いらっしゃいませ。
 ご注文どうぞ。」

「えー、んじゃせっかくだから
 あんみつを2つお願いします。」

 下野は席について、
 あんみつを注文する。

「はい、かしこまりました。」


まゆみは龍弥にあんみつ2つ持っていくように指示を出した。

(てか、なんで2人来てるんだよ。
 頼んでないのに…。
 俺、女装やるって言ったかな?)

 最高の作り笑顔であんみつ2つを
 運ぶとすぐに2人にスマホで
 パシャパシャ撮られた。


「う、眩しい。」


 フラッシュが眩しかった。
 声を出してしまう。

「ちょっと、龍弥くん。
 喋ったらダメだよ。
 せっかく女子になってるんだから。」

「本当完成度高いね。
 IKKOさんなれるんじゃない?」


「ならんわ。」


「あ。」

それを聞いて2人は爆笑する。


「やっぱ、喋るとボロ出るね。
 声太いし、男だし。」


「だね。」


 恥ずかしくなった龍弥は
 持っていたトレイを
 持ち場に置いて教室を立ち去った。


「ちょっと、龍弥くん、
 まだ仕事残ってるよ!!」


「便所!!」


 トイレのふりして、逃げ出した。

 廊下に会う人会う人に
 声をかけられるし、
 足止めをくらって
 逃げられなくなる。

 たまたま持っていた汗を拭くようの
 手拭いを頭にほっかぶりして、
 菜穂がいるであろう
 昇降口付近に向かった。


 昇降口に行く途中のラウンジのベンチでクマのぬいぐるみの頭をつけようと何度も挑戦していたがかぶれなさそうにしている菜穂がいた。


龍弥は見つけてすぐに何度も挑戦してかぶれなかったのにカポッとはめてくれた。

そうかと思ったら、手をつかんで、
ひっぱって連れて行く。

息を荒くして、
菜穂はどこに行くんだろうと思った。

ひょっとこみたいな手拭いかぶりしている。

せっかく綺麗な浴衣を着ているのにと
菜穂は残念がった。



< 52 / 55 >

この作品をシェア

pagetop