スノーフレークに憧れて

第53話

文化祭ということもあって
校舎はどこもかしこも
ガヤガヤと賑わっていた。

そんな人ごみの中をかき分けて
女装の浴衣に手拭いを
ほっかぶりした龍弥は
クマの着ぐるみを着た菜穂を連れて、
走っていた。

暑くて息が2人ともあがっている。

「ねー。」

「あ?」

「どこ行くの?」

「良いから、来て。」

 龍弥は階段に向かうと急いで
 屋上までかけあげる。

 菜穂もそれに着いて行った。

 かぶっていたクマの頭が落ちそうに
 なる。


 着ぐるみの中はサウナのように
 暑かった。


 一般の方、
 立ち入り禁止の看板をよけて
 誰もいない屋上のベンチに座って
 菜穂のクマの頭を急いで外す。

「あ、なんで外すの。」

「なんでって暑いだろ。」

「見たくないし、見せたくない。」

「…は?
 ずっとそのままにすると
 熱中症で死んじゃうよ。」


「だって、今の格好。
 変だから。
 可愛くないし。
 龍弥は浴衣来て、
 化粧して可愛いけど
 私は…。
 汗で髪もぐちゃぐちゃで。」

 クマのまま
 話してるうち涙が止まらなくなった。

 
 なんで、この仕事を
 引き受けたんだろうと後悔した。

 
 龍弥みたいにキラキラしてないし、
 暑いし、苦しいし、笑われるし、
 嫌なことばかり。


 杉本には龍弥の変な噂を聞くし、
 どこかにいなくなるし
 
 菜穂は、もう何だかお祭りなのに
 嫌な気持ちになる。


「暑いんだから、
 汗かくのは当たり前だろ?
 それに今、俺は手拭いかぶって
 お面かぶってないけど
 ひょっとこみたいだぞ?
 むしろ、泥棒みたいかな。
 どこが可愛いんだよ。
 って顔を隠したくて
 かぶってただけどな。
 ほら、頭取れって。」


 髪が乱れて汗も
 ダラダラになっていた。
 涙も出て顔がグチャグチャだった。


「ったく、汗拭かないから。」


 龍弥は持っていた手拭いを外して
 菜穂の顔を丁寧に拭いてあげた。


 手拭いを取った龍弥は男子なのに
 本物の女の子みたいで
 キラキラしていた。

 きらりと光るピアスは、
 ぶらんと小さく可愛い風鈴が
 垂れ下がっている。

 目にはいつもフットサルで行くのと
 同じ紫のカラーコンタクトを
 していた。

 本当に自分より女の子みたいで
 嫉妬した。


 菜穂は龍弥の頬を触って、
 顔を確かめた。


「私が男だったら、
 もう龍弥のこと食べちゃいたい。」


「何?!俺は食べ物か?」


「それくらい可愛いってこと。

 でも、私、自信無い。
 龍弥可愛すぎるし

 それに二股かけてるって
 変な噂広がってて…。

 龍弥のこともう信じられない。」


 龍弥の顔から校舎側に視線をうつす。


「もう、いやだ。

 まただ、

 文化祭なのに
 全然楽しくない。」


 モヤモヤな気持ちで
 イライラもするし、
 暑いし、やりたくないことやって、
 どうしたらいいかわからなくなった。



「今は?」


 風が大きく吹いて校舎の屋根の上に
 あるかざみどりがカラカラと
 動いていた。


 ふと泣いていた涙が一瞬止まった。

 
 体を菜穂に向けて顔を近づけて
 聞く龍弥。


「俺と今、一緒にいるのは?」


 首を傾けて言う。


「……嬉しいけど。」


「良いじゃん。それで。」


「菜穂は、想像力豊かだなぁ。
 噂を信じるんじゃないよ。
 
 昨日も今日も明日も好きなのは
 菜穂だけって言ってるじゃん。

 外野じゃなくて
 俺の言葉を信じろよ。

 そのままの菜穂で良いから

 ずっとそばにいてよ。

 頼むから、どこにも行かないで。」


 まるで小さな子どものように
 菜穂の大きな着ぐるみの体に
 龍弥は顔をギュッと押し付けた。
 包容力があった。



「え、なんで、
 私はどこにも行ってないよ。
 離れてたのは、
 龍弥の方でしょう。
 ずっとラインだってスタンプだけ
 毎日送って
 全然会ってくれなかったんだから。
 そりゃぁ、噂を信じて
 疑いますよ。

 今朝だって、ずっとまゆみたちと
 一緒じゃん。」


「仕方ないだろ。
 コンビニの鬼店長、夏休み中ずっと
 シフト入れられて
 バイトづくしだったんだから。

 ラインスタンプあっただけでも
 感謝して。

 その分だいぶ稼いだけどな。

 てか、文化祭の準備なんだから、
 山口たちと一緒なのは
 当たり前だろ。

 ヤキモチ焼き過ぎだわ。」



「ぶぅー。」



 頬を大きく膨らませた。


 龍弥は菜穂の頬を両方の指で
 プスーと空気を抜いた。


「てかさ、この浴衣着て、
 女装するのも
 大変なんだぞ。

 変なおっさんに絡まれるわ、
 下野さんたちには見られるわ。

 お客さんは次から次と来て、
 写真撮るし、トイレにも行かせて
 くれないんだから。


 変装しないと無理だよ。
 ほら、手拭い持ってきてよかった。」


「え?!下野さんたちって
 瑞紀ちゃんも?来てたの?

 なんだ、会いたかったのに。
 まだ学校の中いるかな。」


 菜穂は立ち上がって校舎の下を
 眺めた。


「そんなに時間経ってないから
 いるんじゃねえの?」


「そっか。
 行こうかな。」


「んじゃさ、交代しよ。
 俺とそれ。」


「え?」


「俺が着ぐるみ来て、
 菜穂が浴衣。
 大丈夫、俺がメイクしてやるから。」


「え?それ、龍弥がメイクしたの?
 まゆみたちじゃないの?」


「ああ、俺だよ。
 YouTubeとかTikTok見て、
 メイクの仕方予習してきたから。
 任せておけって。

 ただ、化粧品は山口と齋藤に
 借りないとな。

 俺、持ってきてないし。」


「え!?めっちゃ気まずいじゃん。

 てか、メイクの技術、プロ並み?!
 マジ、エグいだけど。」


「ま、大丈夫だろ。
 ほら、水分補給して
 教室戻るぞ。」


 ベンチの横に置いていた
 ペットボトルの飲み物を
 飲んで
 教室に戻った。



***


「え、なんで?
 菜穂が浴衣着るの?
 龍弥くんが主役でしょう。」



「いいのいいの。
 菜穂、着ぐるみ着るの暑いって
 言うから。
 てか、石田で十分稼げてるから。

 俺は変なおっさん来て集客には
 不向きだから、
 菜穂と一緒に客引きで
 昇降口行ってくるから。」



「えー、龍弥くんの女装見たいって
 人多いのに。」


「俺は、もう嫌だ。
 着たくない。」


「……。」

 不機嫌な顔のまゆみ。

「マジかよ。
 俺だけ、浴衣?
 龍弥がやめるなら
 んじゃ、今度はまゆみが
 浴衣着ればいいじゃね?」

 石田が言う。

「そうだな。午後は女子が
 接待ってことで。
 でも、菜穂は下連れてくから
 山口、頼んだ。」


「ふーん。
 個人的要望も入ってくるん
 ですね…。」


「それより、化粧品貸して。
 山口もメイクしてやるから
 許せって。」


「え、うそ。まじで?
 それは本当にお願いしたい!!」


 龍弥は浴衣を脱いで、
 クマの着ぐるみに着替えた。 


 菜穂に着ていた浴衣を渡す。


 石田は浴衣を脱ぎ元の制服に
 着替えた。

 山口に浴衣を渡した。

 クマの頭を被らずに
 龍弥は菜穂とまゆみの化粧を施した。


 化粧下地とファンデはもちろん、
 ノーズシャドウとチーク、
 アイライナー、つけまつげ、
 涙袋にラメを入れて、
 アイシャドウを塗った。


「菜穂は水色の花が入った浴衣だから
 水色と紫2色のアイシャドウで、
 
 山口の浴衣は黄色の花だから
 青と黄色の2色使いでいいか。
 
 ほら、グラデーション入ってて
 良くない?」


 大きな鏡を2人はじっくりと
 自分の顔を見た。


「涙袋なんて初めてメイクした。
 ラメ持ってきてよかった。
 いつもと違う自分でびっくりだわ。」

「あ、石田。
 今日、マニキュア持ってる?」
 

 龍弥が言う。


「あー、確かあったよ。 
 バックの中に入ってたかな。
 何、2人に塗ってもらうの?」

 ガサゴソとバックの中から出す。
 本当は使いたくて持ってきていた。


「うん。手の爪に塗るのと、
 裸足でサンダル履くから
 足にも塗ってもらおう。
 
 ちょっと、石田も手伝って。
 山口に塗ってやって。」


「あ、ああ。色は何色でもいいの?」


「それは本人に聞いて。
 好きなの塗りなよ。」


「えーー、
 龍弥くんに選んで欲しいよ。」


「げ、まじか。
 え、でもマニキュアとかは
 石田の方がセンスあるんじゃね?
 だって姉ちゃんネイリストだろ?」


「あ、まぁそうだけど。
 色々見てはいるよ。

 まゆみの場合は、
 浴衣が白に黄色の花だから、
 白と黄色の組み合わせて
 塗っても良いのかもしんねえな。」


「あ、そう。
 んじゃ、紘也塗ってよ。」

 複雑な表情を浮かべて言うまゆみ。

「あ、ああ。」


 そう言いつつも本当はまゆみに
 塗ってあげることが嬉しかった。


「菜穂のは俺が決めるからいいよ。」


 龍弥は静かに座って待ってる
 菜穂の爪に
 適当に好きな色で塗った。


「あ、その色いいね。」


 龍弥は何十種類もあった中から
 ターコイズブルーの
 マニキュアを選んだ。


 ちょうど菜穂がつけていたピアスが
 ターコイズ色をしていたためだ。


「文化祭ってこういう、
 化粧とかマニキュアとか解禁だから
 良いよね。」


 菜穂はさっきまで
 ぐずぐずしていたのに
 ご機嫌になっていた。

 
 子どもをあやしたみたいで
 龍弥はクスッと笑っていた。


 菜穂の心が満足していて安堵した。

 
「よし、爪も塗ったし、
 サンダルもOK。

 俺もクマの頭かぶって、
 風船たっぷり持っていくぞ。
 菜穂、ほら。」

 クマの着ぐるみを被った龍弥は
 右手に風船を持ち
 菜穂の左手を引いて、
 昇降口に向かった。


「マジ、これ 
 サウナ並みで暑いな。
 でも、
 ダイエットできるってことで。」


「でしょう。中暑いよね。
 でも、なんか嬉しい。
 浴衣も着れて、
 足の爪にこれ塗るの初めてだったし。
 メイクでこんなに綺麗にしたこと
 ないし。」


「メイクするだけで
 可愛くなることもあるんだよ。

 元気になってよかった。
 下野さんたち、まだ帰ってないと
 良いけど。」


 2人は昇降口に着くと、
 菜穂はチラシ配りをして、
 龍弥は風船をひたすら
 小さい子や女の子に配っていた。



 さっき菜穂に絡んできた
 ヤンキー2人がまたやってきた。

「おー、今度は中に入ってるの男か?」

 バコンと頭を叩かれた。


 菜穂は後退して様子を伺った。


 龍弥はイラついて
 ヤンキー2人を校舎裏に無理矢理
 連れて行きそれぞれに
 1発お見舞いしてやった。


「菜穂いじめるんじゃねえよ。」


 パンパンとやり切ったと手を叩いて、
 転がったクマの頭を拾って
 また被った。

 うつぶせに倒れた男2人は


「すいませんでした。」


 と謝って、がくっと倒れた。



「龍弥、どこ行ってたの?
 さっきの怖い人たちは?」


 怖くて動けなかった
 菜穂はずっと待っていた。


「大丈夫、仲良く遊んできたから。」


「え?仲良く?」


 
「まあ、いいから。
 ほら、チラシ配って。」


 菜穂は持ち場に戻って、
 チラシ配りを再開した。


 相変わらず、お客さんで
 ごった返していた。


 体育館の方では軽音部の演奏が
 こちらまで聞こえてくる。


「あれ、菜穂ちゃん?
 今度は龍弥くんじゃなくて
 菜穂ちゃんが浴衣来てんの?」


 下野と瑞紀が仲良く手を繋いで
 歩いていた。


「あ、下野さんと瑞紀ちゃん。
 来てたんですね!
 会えてよかったです。
 校舎の中は全部見ましたか?」


「そうそう。さっき、龍弥くんの
 浴衣姿は写真撮ってきてさ。
 あとでラインで送っておくね。
 あれ、龍弥くんはどこにいるの?」
 
 下野が言う。

「菜穂ちゃんの浴衣って龍弥くんが
 来てたのと同じだよね?
 着替えたの?」

 スマホの写真と見比べて、
 瑞紀は言った。

「うん。実はこの中の人…。」

 指差して菜穂は知らせる。

 下野はジロジロとクマの着ぐるみを
 のぞいた。

 ガンと頭突きをされる。

「いったぁ。
 なんだ、この着ぐるみ乱暴だなぁ。」

 黙って持っていた風船を
 下野に渡した。


 その渡した拍子に持っていた風船が
 全部空高く飛んで行ってしまった。


「あ、やべえ…。
 飛んじゃった。」


 小さな女の子が空高くを指差した。


「お母さん、ほら見て。
 風船飛んでるよ。
 私あの、ピンクの風船欲しかった。」



「そうだね。
 でも飛んでしまったね。
 仕方ないね。」


 どさくさ紛れに手ぶらになって
 着ぐるみのまま
 龍弥は菜穂をお姫様だっこした。


「きゃー。」


「わあ、クマさんと
 お姉さん仲良しだね。」


 女の子は嬉しそうにしていた。
 お母さんはそうだねと同意した。


 そんな菜穂の心のバイオリズムに
 波がある1日の
 文化祭は最後は楽しく過ごす
 できたようだった。



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