月と太陽

転職活動に必死

さとしは、街の中を歩いていると、ふと足をとめて空を見た。

夜空に星が輝いていたが、街の電灯や明かりで強い光の星しか見えなかった。


月はどこにもない。

新月だった。

本当にこれで良かったのか、自問自答した。

ピンチな時に、自分の中で頭に思い浮かぶのは、何故か宮島裕樹であの電車の事件から花鈴との結婚まで、ご縁があって何度か会うことがあった。


自分自身としては、全然関係ない人だと思っているのに、潜在意識の中なのか、ふと思い出す。


信じてるわけではないかソウルメイトなのか前世で会っているのか、親でも兄弟でもなく、宮島と言う男が自分を助けてくれる存在だと感じていた。


不思議な力が働いてるはずなんだろうが、謎で仕方なかった。

未来の自分と裕樹は一体どんな関係か。

そんなことを考えながら、何とかなるかと開き直ってまた足を進めた。


駅近にあるスピード写真を撮り、文房具屋でボールペン、履歴書とA4用紙の束を買って、自然の流れで石川祐輔のアパート自宅に押しかけた。


そういや、住む部屋がなかったことを思い出す。

加奈子のマンションは今家宅捜索中で入ることを許されない。

ほとぼりが冷めるまでいさせてもらおうと突然の電話でかけつけた。


おつまみになる食材と缶ビールとチューハイを持参したさとしは、両手を顔の目の前で合わせて懇願した。


祐輔は好きなつまみのいかそうめんが入っていたため、仕方なくため息をつきながら、承諾した。

テーブルを借りて履歴書を何枚もミスをしては書き直し、慣れてない文字を納得が行くまで書いた。

買ってきた履歴書は10枚入っていた。

ギリギリ最後の10枚目で納得のいく文字に仕上がった。

職務経歴書は、スマホのワード作成機能を使って入力し、プリンターを借りてBluetoothを使用してデータを飛ばした。印刷が開始される。

お酒やつまみを食しながら、さとしはテキパキこなす。

その横で祐輔はスマホでゲームをしていた。


「大変だな。この年で転職も。履歴書の書く欄が多くなるな。また面接するんだろ?前のところ、何年勤めた?」


「うーんと、なんだかんだで大学卒業してから6~7年かな。店舗周って営業業務、本社で企画書類事務仕事の兼業。本当は一つの業務こなすらしいけど、役職は副課長くらいまでは任せられてたのかな。てか、俺、もう30になるんだな。おじさんに突入だわ。」


 淡々とパソコンに文章を打ち込みながら言う。

祐輔は、いかそうめんにしゃぶりつきながら画面をのぞく。


「ほへぇー。すごいな。俺には無理だわ。公務員安泰って言われてるし辞められないわ。」


「だよな。仕事が安定しちゃうとそうなるよな。俺も初めはそう思ってたけど、プライベート関係でいろいろあって…現在に至る。続けたいって思ってもどうしようもない時ってあるんだな。学生は敷かれたレールにずっと乗って走ればいいって思ってたけど、大人になると仕事のことだけじゃなくて恋愛とか家族とか幅広く立ち振る舞いしないといけないから本当に平常を維持させるのが大変だよ。」


 大きなため息をついて、両手ストレッチをした。

ノートパソコンをパタンと閉じた。

どうにかやるべきことを終えたようだ。

祐輔は2つのコップにレモンサワーの素と炭酸水を入れて出した。


「お疲れさん。冷凍食品だけど、からあげ食べる?」


「おう。さんきゅ。祐輔、嫁みたいだな。俺と結婚する? なんてね。」


「マジか? 俺は悪いけど、男興味ないんだなあ…」

 お酒と食事を出されただけでも憔悴し切ったさとしは嬉しかった。

食欲が通常に戻ってきていた。

夜中の夜食がお酒と共に美味しく感じる。


「そういや、明日ってどこの面接受けるの?」

からあげを食べながら祐輔が聞く。


「あ、ああ…東京かな。」


「は?東京? 間に合うの?」


「新幹線で仙台朝9時発で乗るんだけど、面接時間は午後って言われてたかな。」


 レモンサワーを一気に飲んで、話を切り出す。


「雪村紗栄っているだろ?」


「あ、ああ。高校の時付き合ってたんだろ?紗栄がどうしたんだよ。」


「今、何の仕事してるか知ってるか?」
 

 祐輔は頬杖をついて考える。今アプローチ中だと言うことをさとしに言うべきかどうか悩んだ。

「えっとー…モデルでしょ。Instagramとか雑誌とかいろんなところで…。」


「そ、そう。その紗栄のマネージャーの仕事することになってその面接を受けに行くのよ。」


 開いた口が塞がらなかった。祐輔は今後どうして行くべきか不安になった。


「へ、え?へぇー、そうなんだ。なんでまた、そう言うことに?別れたんじゃないの?」

動揺を隠しきれない。


「え?俺、紗栄と別れたって祐輔に言ったっけ?」


「いや、婚姻届を出しに来てる時点で別れてるって思うじゃんよ。離婚届も出してるし。」


「あぁ。そっか。まあ、紗栄の妹の旦那と知り合いで仕事紹介してくれるってなったら、そういことになった。」


 その話を聞いて試合をする前から負けを認める形になる。

祐輔は紗栄にアプローチしていることを黙っておこうと決めた。


「あ、あと、俺、紗栄とは付き合わないでビジネスとして関わっていこうと思ってるんだ。何か結婚詐欺?にあってから紗栄から不信感しか抱かれてなくて、多分前みたいな関係戻れないって思うんだよね。と言うか、俺ら高校の時って付き合ってないんだってよ?紗栄がそう言ってた。むしろ、大人になってこの間、会ってた3ヶ月の期間が交際してるみたい。あやつは、はっきり言わないと気づかないんだね。」


 何となく、祐輔の心情を気づいているのかただ単に言葉が出たのか祐輔はドキッとした。

紗栄の鈍感さを教えられた。


「そうなんだな。それは知らなかったなあ。俺はあの時、ずっと付き合ってるもんだと思ってたけどな。本人は全然気づいてないのか。あんなにモテモテのさとしさんの隣にいてそれは無いよな。」


 笑いが止まらない。

さとしは大きく頷いた。

自分で言うのも変だったが、紗栄以外のいろんな人から交際を求められていたが、紗栄の見えないところでお人好しのさとしでさえも丁重にお断りをしていた。

部活で一緒でその告白現場も見ていた祐輔は、紗栄と付き合ってるんだろうと推測していたが、実際は違っていたようだ。


「ま、頑張って。女子お世話は色々大変だろうけど…。」


 コツンのレモンサワーのコップを鳴らした。


「まだ面接が先だから良いかどうかわからないけどな。」


「国立大学卒業してる優秀なさとしなら大丈夫っしょ。自信持てって。」


「そっちの業界って学歴重視なのか?それとも前職の業務内容?見た目?あー、今から緊張してきた。悪い、シャワー借りても良い?」


 緊張のあまり頭がこんがらがってきた。

シャワーを浴びればどうにか落ち着くかと思って聞いた。


「やだあ。俺の体をどうする気?」


 自分自身の体を抱きしめた格好をした。


「は?何もしねえよ。んじゃ借りるぞ。」


 そんな修学旅行のような感覚で、夜を過ごした。

高校の親友とは、気が知れて何でも話せた。

仕事内ではある程度の業務報告くらいでしか話せない。

こんなに自分をさらけ出せるのは清々しい気分だった。

祐輔にとっては、とても複雑な気分のまま、眠りについた。



ーーーー




真っ白い霧のように目の前に広がった。

とある庭で白いテーブルがたくさん並んでいる。

豪華な食事にシャンパン、カーテンの向こう側からウェディングドレスを着た顔が分からない女性がこちらに歩いてきて、その反対には石川祐輔がウェディングのタキシードスーツを着ていた。

さとしは、紺色のスーツにネクタイを着ている。おおよそ、友人として結婚式に参加している。

参列者はアーチを作るように整列している。

牧師さん前でヴェールを外そうとする。

誓いの言葉を言い合うところで、一瞬後ろを振り返った。

ウェディングドレスを着ていたのは、雪村紗栄だった。


ーーー



それを見た瞬間にさとしは跳ね起きた。


現実に引き戻されて、ソファの上で辺りを見渡した。


横にはベットの上で寝ている祐輔がいた。


まだ部屋の中は暗かった。

時計を見ると午前3時。

朝日も昇っていない。


「夢、だったのか…。」


 夢から醒めて、ほっと安心した部分もあり、嫉妬心も立ち込めてきたが、恋愛のゴールとされる結婚が祐輔に取られたかと思うと、何だか複雑で、友人として大人な振る舞いをしなくては行けないかと思うと、頬から涙が静かにこぼれ落ちた。


額を片手で抑えた。


泣きなくないのに溢れて出る。


まだ、紗栄を好きでいることひた隠しに我慢していた。


今だけ感情出したかったのかもしれない。



 祐輔は高校の時、中学から一緒だった紗栄のことをすごくよく知っていた。


はっきりとは言ってないがずっと片思いだったんじゃないかと気づいた。


改めて気づかなかった自分を後悔した。


クラスは違えど、いつも部活で平然と相手してくれていた。


紗栄と一緒にいるのも知っていたし、何も言わなかった。


いや、何も言わないでくれていたと思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


さとしは、我慢してくれていたんだと、思い出すだけで自分は気づかずに酷い友達だったと罪悪感が生まれた。


「祐輔、ごめんな。ありがとう。」


 寝ている祐輔に聞こえないであろう、小さな声でつぶやいた。


走り書きのメモを書いて、テーブルに置いた。


慌てて、服に着替えて、出かける準備をした。

朝ごはんを祐輔に作ってあげた。


キャベツを千切りに目玉焼きを乗せたすごもりたまごをお皿に盛り付けた。


加奈子の時は相手に食事を作ってあげるって気持ちは生まれなかったが、祐輔は彼女ではないけれど、泊めてもらったせめてものお礼だった。

ひと通り部屋を片付けて、そっと静かに外に出た。


そのまま自分の荷物があるマンションに戻った。


警察の家宅捜査は昨日のうちに終わったことのメールが送られてきた。

電話が繋がらないかもしれないと言ったらメールでもいいと柔軟な対応をしてくれた。


お礼のメールを送信した。


急いで面接用のスーツに着替えた。


相変わらず、加奈子のマンションは電気をつけても冷たくて暗い。


冷蔵庫はミネラルウォーターしかない。


もうすぐこの家から荷物を持って引っ越ししないといけないと思いながらクローゼットの扉を閉めた。


時間は午前7時。

朝から空いているカフェで時間潰ししようと履歴書など大事なものを持って玄関の鍵を閉めた。


黒の内羽式ストレートチップの靴のカツカツなる響きが仕事しているみたいで、何となく、やる気が満ち溢れてきた。
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