月と太陽

面接は本気で。

 朝日がのぼり、出勤や通学する人でペデストリアンデッキは増えてきた。


路面は雪と氷で滑りそうだった。


駅の中のステンドガラスがある場所で、さとしは裕樹と待ち合わせた。


脇にリクルートバックを挟み、両手にスタバで買ったコーヒーを持って、待っていた。


スマホが触れないことを今頃気づいたが、諦めてそのまま待つことにした。



「お待たせ。出る時に珍しく洸に泣かれてさ。間に合ったよな?」



 小走りで裕樹はこちらにやってきた。さとしと同様、同じくビシッとスーツとコートを着ていた。



「宮島さん、すいません。これ持ってください。」


 両手に塞がったコーヒー一つ手渡した。慌てて裕樹は受け取った。



「お?何、差し入れ? さんきゅ。んじゃ、行くぞ。新幹線は上だからな、あそこのエスカレーターな。」



 やっと片手が空いて安心したさとしはバックを持ち直した。


颯爽と裕樹の後をついていく。


何となくこの感覚は、これから先にもあるんじゃないかと予感がした。




新幹線のホームに着くと列車がちょうど停車するところだった。



「宮島さん、元職場で気まずくないんですか?切符大丈夫でした?」



「あ、ああ。今、スマホで切符買えるからな。さとしくんのはさっき自動券売機で買ったし、誰とも会ってないよ。こういう時、便利だな。みどりの窓口行ったら思いっきり同期に会うから。忘れるかなって時期になるまでもう少しかな。さとしくんは元職場大丈夫なのか?抵抗ない?」



 自由席だったため、特に気にすることなく、空いてるそれぞれ座席に乗った。


荷物を上のボックスに入れた。



「まあ、うやむやにして最後辞めたんで、覚えてないです。俺も何考えてたかわからない時期だったから。まあ、連絡取ろうと思えば、後輩には話せるかなと。今、特に用事ないですけど。」



 コーヒーを飲みながら話す。



ほろ苦いブラックコーヒーで持ち運んでる間に少し冷めていた。



「何かを始めるって何かを取り崩さないと始まらないんだよな。何かを終えて何を始める。学生時代はみんな同じレールで中学高校、行きたいやつは大学とか専門とか行くだろ?大人になったらレールは自分で敷いて自分で行き場所決めなきゃ行けないからな。その辞めるって時って卒業とは違うからかなりのストレスだよなあ。でも、過去を引きずってばかりでは先進めないから今何をするかが重要だよな。ま、君なら辞めどきはさておき、やってきた仕事には熱心だったろうから、よろしく頼むよ。期待してるよ。」



 後ろから肩をボンと叩いた。ニカっと歯を見せてさとしを見る。



「今何をしたいか。そうっすね。紗栄が俺に仕事を任せてくれるか微妙なんですけど、大丈夫ですかね。もちろん、マネージャーの仕事には興味あって、前の営業でいろんな取引先の社長とコミニュケーション取ったり、社交的に行動してきたので、それは確実に活かせると思うんです。


 コーディネートとかも商品の棚作りにバイヤーと熱心に相談して仕上げてきたので、そこはもう、アパレルも扱ってきたので、ファッションセンスとか万人受けするのは何かそういう面でも使えますよ、俺」



 裕樹はコーヒーを飲み干した。



「その、マウント取る感じはよろしくないな。面接は不合格だな。社長には通じないと思うよ。俺はさとしのこと、どんなやつか知ってるし、期待するけどな。」



 肩をガックリ落とした。


 突然、面接の評価が始まった。

 期待されてるって言っても
 結局蹴落としてる。

 思いがけず落ち込んだ。


「ちょっと勉強するんで、話しかけないでください。」


 さとしはバックから面接解答対策の本を取り出して、耳にイヤホンして、外部をシャットダウンさせた。


 本気で挑みたいと言う意思表示を見せた。

 裕樹はノートパソコンを取り出して仕事スケジュールの確認を始めた。



 そのまま新幹線は東京に走り出した。



 雲ひとつないくらいに外は晴れていた。



スズメの鳴き声で目が覚めた。


 今日も朝が来た。


 昨日は23時頃帰宅して、寝たのが5時間くらい。


 ベッドからパチリとスマホの目覚ましが鳴る前に起きた。


 体は起こさず、目だけ開けた。

 ぼーと窓際を見ていると、ピアスをかけたアクセサリーフックがあった。


 日差しの光でキラキラと光っている。


 最近、プライベートでピアスをつけるくせがなくなった。


 髪と顔、爪のお手入れで手いっぱいで、アクセサリーまで手が回らなかった。


 スタイリストの人に用意してもらったピアスをつけるくらいで、個人所有のものはどれだったか忘れていた。


 今、見つめた先にあったのは、昨年、さとしと行ったモールで買ってもらったピアスだった。


 特に希望する形や色は無かったけれど、これが似合うと選んでくれた。

 トルコ石がついたものだった。

 上の方にダイヤみたいなガラスのようなものが付いているデザインだった。


 誰かに選んで買ってもらうと自分で買うより思い入れが違うなと感じながら、手に取って、太陽の光に当ててみた。


 キラキラと光が反射していた。


 連日忙しくて、気づかなかった小さな光。指の長さくらいの大きさだったけれど、存在感は大きかった。

 
 紗栄は本当はどうしたいのか分からなくなってきた。


 人助けするつもりが、結婚詐欺にあったとか言うけれど、実際彼女と一緒に暮らしているし、戸籍はもうバツがついてる。


 自分の戸籍が汚れてもいい覚悟で結婚を引き受けて、自分との関係を切った。


 さとしは何を守りたかったのだろう。

 会社での地位や評判なのか、偽善者なのか。あの時、あの瞬間のオムライスを一緒に食べようと思って、気持ちを込めた食事を時間だと言われて残されて、帰ってこなかった。


 お互いの気持ちは一緒だと勘違いだったのかもしれない。


 もう、オムライスを見ると思い出して食べられなくなった。


 いつもは気づかない相手の好意に初めて気付いたのに、裏切られた気持ちでいっぱいで心は癒し切れていない。


 唯一信じられているのは似合うよと言ってくれたこのピアス。


 小さなもので値段も大したものでもないけれど、その時の気持ちは同じだったはずと、捨てられないでいた。


 耳にはつけないで、チャック付きの小さな袋に入れて財布の中に大事にしまっておいた。

 この時の気持ちを忘れないようにお守りとして入れておく。

 
 お互いの気持ちが一致したのはここだと。他の人と交際になったとしても、同じ気持ちになったらこんな感じだと覚えておこうと思った。




 紗栄は出かける準備をした。


 
 今日は何だか食欲がなくて、身支度をするのでいっぱいだった。

 

 インターフォンが鳴った。



 

「おはようございます。紗栄さん、時間ですよ。」



 1週間前、さとしの面接を終えて、
 合否は即決で社長に合格をもらえた。



 むしろ、ドアを開けて、すぐのお辞儀をする前の第一印象で、はい採用!と社長の声にびっくりした。


 
 その後に俳優にスカウトされてしまったが、マネージャー志望でと念を押した。


 履歴書と職務経歴書も適当にチラッと見るだけで、活字が苦手なのか、もう大丈夫と社長は採用証明書に筆ペンで大越さとしと履歴書を見ながら名前を記入した。


 こんなに早い理由は前日に、裕樹が今の仕事状況を説明して人手不足であることとさとしを念入りに推薦していた。



 人柄と前職内容、学歴もしっかり伝えていたため、社長はもう採用するつもりで念のため面接という機会を設けた。


 顔をしっかりと見たかったためだ。


 
 裕樹は、ふざけたり、余裕を持たせたくなくて、わざと面接の質疑応答の勉強させたのだった。


 マネージャーのルールとして、紗栄との会話は敬語。


 他の芸能関係者や現場スタッフ、ファンへの配慮だった。

 
 その他は裕樹の指示に従うとのことだった。

 もう、交際も何もできない雰囲気だった。


 仕事モードとして、

 さとしはコンタクトから眼鏡に作り直した。


 髪型もビジネスマンらしいものに変更し、スーツも裕樹のものを借りた。


 あとで、オーダスーツを揃えるつもりだった。その格好になってから2日目、敬語で話すことに慣れない紗栄だった。



「今、出ます!待っててください。」



「急いでください。新幹線の時間に間に合わなくなります。持っていく荷物先に頂いていいですか?中、入りますよ!」



 
 ガチャとドアを開けて、
 中を確かめる。


 リビングでワタワタ物を探していた。

 
 効率の悪い動きをしていた。


「あのー、何をお探しですか?」


「えっと、えっと、スマホがどこにもないんです。今日の分のInstagramまだ上げてないし、どうしようと思いまして…。」

 
 あっちに行ったり
 こっちに行ったりしている
 紗栄にスマホをさっと差し出した。


「え、どこにあったんですか?」

 
「バックの中にありましたよ。」

 
「え、あ、ハハハ。ありがとうございます。あ、あと家のカギも探さないと…」


「はい。」


 玄関の棚に置いていたカゴの中に丁寧に置いていたらしく、聞かれるだろうなと思ったさとしはすぐに渡した。

 
「あ、ありがとうございます。さ、さすがですね。」


「いえ、大丈夫です。紗栄さん、時間です。行きますよ。」


 左腕の腕時計を指でさす。

 玄関にまとめて置いてあった荷物をテキパキと運んだ。

 紗栄は身軽にハイヒールを履いて家の鍵をかけた。

 何ヶ月か一緒に暮らした経験があったため、大体の紗栄の行動を把握していた。


 いつも鍵やスマホの場所を忘れて、結局は大事にしまっている。


 お決まりの動作だった。

 
「無くすといけないので、カギ預かりますよ。」


 手のひらを上に手を差し出した。 
 紗栄はペコっとおじぎしながら、手渡した。

 すぐにビジネスバックに入れた。


 キャリーバッグを引いて、歩いて駅に向かう。

 

「あと10分も無いんで、少し走ってもらえますか?」

 
「え?そんなに時間無いの?」 

 小走りで2人は黙々と歩く。

 足元は溶けない雪や氷が所々張っている。慎重に進んだ。

 
「わっ!」



 っと転びそうになった紗栄は、さとしの右腕に抱えられて、何とかギリギリセーフで転ばなかった。

 
「大丈夫ですか? 怪我してないですか?」


 さとしは、膝あたりについた雪を軽くポンポンとはらって落とした。

 怪我してないか確認してから話し出す。


「ゆっくり歩いたほうがいいですよね。すいません、急かしてしまって…。」


 また駅まで歩き出そうとした。

 紗栄は横に首を振る。


「新幹線、間に合わなくなるから、行きましょう! 出遅れた私がよくないですし…。」

 
 転びそうになったことを気にせずに、先へと急ぐ。

 歩幅を合わせて、さとしは付いていく。

 寒かったが、天気は晴れていた。

 着てきた服間違ったかというくらい冬なのに気温が上がってきた。
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