没落令嬢のおかしな運命~餌付けしたら溺愛されるなんて聞いてません!~



 ◇


 濃紺色の空の下に赤紫色が現れると、それはやがて橙色へと変化していく。
 太陽が山肌から顔を出す少し前から、王宮では早朝勤務の使用人たちが働き始めている。
 美しい庭園では庭師が数人がかりで花壇に水を遣り、樹木や生け垣の剪定、草抜きを行っていた。彼らが毎朝庭園の手入れをしてくれているからこそ、この美しい景観は保たれている。
 執務室にいるアルは外の景色を一瞥すると机上に視線を戻して宝物庫の入退室記録を確認をしていた。
 住み込みで働いている使用人とは違い、ほとんどが首都で生活をしている王宮職員の出勤は午前八時。王宮職員でもなく極秘に仕事を任されているアルは日の出前に魔法でこっそり執務室にやって来て仕事に取り掛かっていた。

 アルには彼特有の事情があったからだ。
 記録を確認し終えたアルは顔を上げると椅子から立ち上がり、窓辺を一瞥する。
 空が黄色から淡い水色へと変わり始めたことに気づいたアルは部屋の一角にある姿見に移動する。
「……そろそろ時間だ」
 鏡に映る自分に話しかけていると明るい太陽の光が室内に射し込んでくる。
 光が一層強まると、アルの身体に異変が起きた。
「……ぐぅっ」
 全身の血が沸騰したように熱くなり、気の流れの変化を感じとって息苦しさを覚える。額には珠のような脂汗が滲み、目の前が激しい揺れに襲われる。
 終いには立っていられなくなって壁に手を付いて俯いた。何度か荒い息を繰り返した後、目の前の揺れが落ち着いてきて全身の熱は引いていく。

 アルは視界に入った自分の手をしげしげと見つめた。
 大きくて細長かった指は短くなり、手首も太くなっている。
 息苦しさもなくなってゆっくりと顔を上げると、姿見には年端もいかない少年――ネルが映し出されていた。

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