愛した人は剣奴だったから
2 アデリアの結婚
「もう猶予はなりませんよ。何が不満なのですか。アデリア様のお好みの顔立ちを教えて下さいませ!」
それは、初夏の木漏れ日が地面をまだらに染める穏やかな午後だった。
女家令のテラスが、お見合い相手の顔を模った石膏の胸像を指し示しながら問い詰めてきた。
スルピキニウスは偉大なるオスベル帝国の貴族の子息で三十歳になる。雄々しく力強い顎。太い鼻梁。茶色の瞳には生気がみなぎり、雄牛の様に逞しい身体をしており、部下からの人望も厚い。
精巧な胸像を見る限り、好みのタイプではない。婿養子に相応しい立派な人だと勧められても興味が湧かない。
「スルピキニウス様は政官マルクス様の警護官をしておられますのよ。こんなに素敵な方なのに断るだなんて! 将来についてどうお考えなのですか!」
アデリアの父は一年前に心臓発作で他界している。
オスベル帝国では未婚の貴族の娘は誰かに庇護されなければならない。現在、 父の親友のマルキスがアデリア姉妹の後見人になっている。
しかし、マルキスは北方の属州に総督として赴任している。マルキスがテラスにアデリアの見合い相手を探すように命じたのだが、これまで何度もお見合いしたくないとごねてきた。
ちなみに、アデリアには腹違いの姉がいる。
「幸い、これまでは素性の怪しいシルミス様に求婚する貴族はおりませんでしたが、今後、どうなるか分かりませんよ。アデリア様は正妻の娘なのです。アデリア様がお家を継ぐべきなのです。マサリ様も、アデリア様の結婚相手に関して心配しておられますわよ」
マサリはアデリアの母方の従兄である。
ジクという国の第一王子で、十五歳も歳が離れているのだが、アデリアとは仲が良かった。幼い頃、アデリアが迷子にならないように手を繋いでハレムの庭を見せてくれたのだ。昔は、何度も宮殿に遊びに行っていたが、ここ数年は訪問していない。
精緻な細工が見事な黄金の玉座。ハレムのお庭の孔雀。青いタイル張りのハマム。とれもこれも素敵だった。豪華な浴室の内装や、九浅黒い肌の宦官が采配するハレムを思い返して上の空になっていると、ドンッと机の天板を叩かれて現実に引き戻されていた。
「よろしいですか、一夜限りの相手でもいいのですよ。どうか、シルミス様よりも早く元気な男子を産んで下さいませ。好ましいと感じる相手はいないのですか?」
オスベルの法律では、男子が一人もいない場合、貴族の娘は家督を継ぐことが許されている。ただし、その娘は男子を産んでいなければならない。もし、姉妹て相続に関して争った場合、子供の有無によって判決は変わる。
体裁が悪いので未婚で妊娠する貴族の娘は滅多にいないが、過去には何人かそういう女性もいたらしい。子供だけ産んで、後からしかるべき相手と婚姻を結ぶこともあるという。
「好ましい人? あっ……」
それは、初夏の木漏れ日が地面をまだらに染める穏やかな午後だった。
女家令のテラスが、お見合い相手の顔を模った石膏の胸像を指し示しながら問い詰めてきた。
スルピキニウスは偉大なるオスベル帝国の貴族の子息で三十歳になる。雄々しく力強い顎。太い鼻梁。茶色の瞳には生気がみなぎり、雄牛の様に逞しい身体をしており、部下からの人望も厚い。
精巧な胸像を見る限り、好みのタイプではない。婿養子に相応しい立派な人だと勧められても興味が湧かない。
「スルピキニウス様は政官マルクス様の警護官をしておられますのよ。こんなに素敵な方なのに断るだなんて! 将来についてどうお考えなのですか!」
アデリアの父は一年前に心臓発作で他界している。
オスベル帝国では未婚の貴族の娘は誰かに庇護されなければならない。現在、 父の親友のマルキスがアデリア姉妹の後見人になっている。
しかし、マルキスは北方の属州に総督として赴任している。マルキスがテラスにアデリアの見合い相手を探すように命じたのだが、これまで何度もお見合いしたくないとごねてきた。
ちなみに、アデリアには腹違いの姉がいる。
「幸い、これまでは素性の怪しいシルミス様に求婚する貴族はおりませんでしたが、今後、どうなるか分かりませんよ。アデリア様は正妻の娘なのです。アデリア様がお家を継ぐべきなのです。マサリ様も、アデリア様の結婚相手に関して心配しておられますわよ」
マサリはアデリアの母方の従兄である。
ジクという国の第一王子で、十五歳も歳が離れているのだが、アデリアとは仲が良かった。幼い頃、アデリアが迷子にならないように手を繋いでハレムの庭を見せてくれたのだ。昔は、何度も宮殿に遊びに行っていたが、ここ数年は訪問していない。
精緻な細工が見事な黄金の玉座。ハレムのお庭の孔雀。青いタイル張りのハマム。とれもこれも素敵だった。豪華な浴室の内装や、九浅黒い肌の宦官が采配するハレムを思い返して上の空になっていると、ドンッと机の天板を叩かれて現実に引き戻されていた。
「よろしいですか、一夜限りの相手でもいいのですよ。どうか、シルミス様よりも早く元気な男子を産んで下さいませ。好ましいと感じる相手はいないのですか?」
オスベルの法律では、男子が一人もいない場合、貴族の娘は家督を継ぐことが許されている。ただし、その娘は男子を産んでいなければならない。もし、姉妹て相続に関して争った場合、子供の有無によって判決は変わる。
体裁が悪いので未婚で妊娠する貴族の娘は滅多にいないが、過去には何人かそういう女性もいたらしい。子供だけ産んで、後からしかるべき相手と婚姻を結ぶこともあるという。
「好ましい人? あっ……」