初恋タイムトラベル
「美香どこ行きたい?」
「ん~懐かしい場所めぐりしたい!」
「おー。んじゃまず、そっちの商店街から行くか」
「うん!」

 昔のように肩を並べて歩く。
 ケイタとはご近所同士だったから、子供の頃なんかは毎日のように一緒に遊んでいた。誰もが認めるほどに、すごく仲が良かった。中学に上がって、周りの子たちが男女を意識するような年頃になっても、私たちは変わらなかった。

 よく自転車の後ろに乗せてもらって、色んなところに遊びに行ったなぁ。

「しっかし、美香は全然変わってねぇなー」

 ケイタは私の姿をジロジロ見ている。
 変わってないって、褒め言葉なんだろうか?メイクはたっぷり2時間かけたし、髪型だって服装だって悩みに悩んで、いい感じに仕上げてきたつもりなのに。

 少し悔しくなった私は「ケイタもまーったく変わってないね」と、背伸びをして頭をぐりぐり撫で回した。

 ……とは言ったものの、見た目だけで言えばケイタはずいぶん男らしくなったと思う。

「なんか……身長、伸びた?」
「高校入ってから急に成長した。今182センチ」

 中学生の頃は背が伸びないって悩んでたケイタだったけど、どうやら毎日牛乳を飲んでいたのが功を奏したみたいだ。
 今日は変に気をきかせて、ぺったんこのパンプスなんか履いてきちゃったけど、杞憂だった。

「良かったねぇ」

 子供の頃、ケイタはどちらかと言えば華奢で可愛い感じの男の子だった。身長も、私と変わらないくらいだった。でも今は全然違う。あの頃とは違う。地面に伸びる影をみれば、その差は歴然としていた。

「あれ? 本屋さんなくなっちゃったの?」

 駅から5分も歩けば小さな商店街がある。この街のメインストリート……というと大げさだけれど、この辺りでは比較的賑わっている場所だった。
 その商店街に、昔よく立ち寄っていた本屋さんがあった。しかし、今はシャッターが閉まっていて、『本』の文字が剥げた看板だけが取り残されている。

「うん。ここのじーちゃん、もう歳だからな」
「えー、残念。お世話になったのになあ。あ、床屋さんも閉まってる」
「隠居、隠居。ここの夫婦も、もう歳だからな」
「そっかー。なんか変わっちゃったね」
「そりゃー10年も経てば変わるだろ」

 昔はもっと活気があったのに、今ではすっかりシャッター街になりつつある。思い出の場所がどんどん上書きされていくようで、なんだか寂しい。

「でも、続いてる店も結構あるぞ。あそこの駄菓子屋とか」
「あー! 山田屋さん?」
「そう。今でも細々営業してる。ありゃもう、ばーちゃんの趣味だな」
「あはは。あ、タケシくんとこのパン屋さんもまだやってるね!」
「おー。将来的にはタケシが後継ぐらしい」
「そうなんだ! タマゴサンドおいしかったなあ」
「いつもキューリだけ抜き取って俺に押し付けてたやつが、よく言うよ」
「え? そうだっけ?」

 日が落ちてきて、空は橙色に染まってゆく。遠くから町内放送の夕焼け小焼けが聞こえてきて、ノスタルジーを感じた。

朽ちた立て看板
昔レトロな喫茶店
細い路地
オブジェと化している壊れた自販機
焼き鳥屋の破けた赤提灯

 ブラブラと歩きながら昔の記憶と重ねあわせてみる。新しく変わったものもあれば、昔からずっとそこに佇んでいるものもある。寂しくて、懐かしい。

 短い商店街を抜けて左に曲がれば、私達が通っていた中学校がある。学校の前の道を通ると、部活動に励む生徒の声や、吹奏楽部の演奏や、ボールを打つ音が聞こえてくる。グラウンドや校舎が、夕日に照らされてキレイだ。

「あ~楽しそう~ もう1回中学生やり直したい! 部活したい」
「テニス部はサボってばっかだっただろ」
「サボってない! ゆるい部だったんです~!」

 あの頃は、毎日が楽しかった。怖いものなんてなかった。クラスの友達がいて、部活の仲間がいて、そして隣にはケイタがいた。無敵だった。本当に、とてつもなく、輝いていた。大人になるにつれて、その輝きはどんどん光を増している。それはどんな宝石よりもきっとずっと美しい。
 
 どうしてあのときは気づかなかったのだろう?

「タイムマシーンがあったらいいのに」

 ポツリと呟く。ケイタはその呟きをそっと拾うように、「そうだな」とだけ言って、フェンス越しにグラウンドを眺めていた。真剣な眼差しだった。

 ケイタ今、何を考えて、何を感じているのだろう。
 あの頃は、何を考えて、何を感じていたのだろう……?
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