初恋タイムトラベル
「いらっしゃい! ケイちゃん……って、ええええ? そんなキレイな女の子連れて! あんた、え? こんな堂々と…… ちょっとー! お父ちゃーん! 」

 『福々亭』の暖簾をくぐった途端、これだった。思わず吹き出す。
 福々亭とはケイタの親戚が営んでいるお好み焼き屋さんだ。昔、家族とよく食べにきていた。

「違う違う、おばちゃん覚えてねぇの? 美香だよ。ほら、近所に住んでた、俺の幼馴染の」
「ありゃぁ!? 美香ちゃんってあの美香ちゃん?!」

 驚いて目玉が落ちてきそうなおばちゃんに「お久しぶりです」と挨拶をする。奥から出てきたおじちゃんも、あんぐりと口を開けたまま、私を上から下まで、まじまじと見ている。

「いやぁ。美香ちゃん……久しぶりだねぇ。たまげた~! キレイになったわ~! 昔はようケイちゃんと2人乗りで自転車乗り回して……この辺の名物になってたのにねぇ」

 名物だったのー!?なんて笑いながら、案内された席に座る。
 店内はもうもうと煙が立ち込めて、油やソースの匂いが充満していた。木製の椅子と、真ん中に鉄板がはめ込まれたテーブルは、かなり年季が入っていい味を出している。

「ケイちゃんったら、美香ちゃんが転校してから、気の抜けた風船みたいにしょぼんじゃってねぇ。あれは相当落ち込んでたねぇ」

 おばちゃんは昔よりふっくらした顎に手を当てて、遥かに昔を思い出すように言った。

「え、ほんと!?」

 身を乗り出して聞き返す。

「あーはいはい、その話はいいから。おばちゃん、とりあえず俺ビール」
「え、あ、私もビール!」
「あいよー! ビール2丁ー!」

 詳しく知りたかったのに、ケイタが適当にあしらってしまったので、それ以上聞けなかった。本当だったら、うれしい。

 すぐに冷えたビールが運ばれてきて、2人で乾杯をした。不思議だった。あのケイタと一緒にお酒を飲んでいるなんて。私たちはもう大人になったんだと改めて思う。


「俺さー、いまだにたまに夢に見るんだよな。美香が引っ越して行った日のこと」

 鉄板の上に運ばれてきたお好み焼きを、切り分けながら、ケイタは何気なく話し出した。

「俺あの日部活だったんだけどさ、担任の佐伯がわざわざ俺に言いに来たんだよ。美香が転校するって。口止めされてたけど、やっぱり黙っておけないって。だから練習抜け出して、必死に走ってお前の家向かって」
「はは、そうそう。すごい汗だくで息切らして来たよね」

 あのときの私は『立つ鳥跡を濁さず』の言葉通り、潔く水鳥のように発つつもりでいた。
 送別会も、お別れの言葉も、餞別の品もいらなかった。ある日突然居なくなりたかった。

 なのに引っ越し作業中にどんどん友人が集まってきてしまって、結局離れがたくて、大泣きしたっけ。最後にケイタが部活抜け出してまで来てくれたのは、本当に嬉しかったけれど、お別れは相当に辛かった。
 
「あの日ほど焦ったことないな。10年経っても夢の中で美香ん家まで全力疾走してるくらいだから、もはやトラウマレベル」
「あはは!ごめん、ごめん。あのときケイタにめっちゃ怒られたんだよね。なんで黙ってたんだー!って」
「そりゃー前日まで普通だったのに、何の前触れもなく突然さよならってオカシイだろ! 今でも思ってるよ、なんで黙って居なくなろうとしたのかって」

 ケイタは切り分けたお好み焼きを、取り皿に置いて私に寄越しながら、軽く非難するような目で見た。

「んーと……笑わないでね」
「内容による」
「単に見送られるのとか寂しくて無理!って思ったのもあるけど……伝説?になりたかったから」
「はぁ?」
「ある日突然居なくなったらみんなびっくりして、心に残るかなって。謎が多いほうが伝説の女感あるじゃん?」
「なんだよー厨二病かよー」

 ケイタは呆れたような表情をしてケラケラ笑った。笑わないでって言ったのに。

「結局バレて、思惑通りにはいかなかったけどね。カッコよく去りたかったのに、涙ぐちゃぐちゃになって、離れたくないーって駄々こねて……恥ずかしかった」
「でもやっぱ地元の奴らと集まったりすると、絶対お前の話題、出てくるよ」
「えー! 伝説の女になってるー?」
「なってるなってる」

 久々に食べる福々亭のお好み焼きはとっても懐かしい味がした。昔と変わらない美味しさで、ほっとする。ケイタとまたここに来られて良かった。

「あのとき、引っ越しが決まったのもほんとに直前だったの。ご近所で噂されてたかもしれないけど……父親が浮気しててね。お母さんブチ切れて即離婚届書いて、荷物まとめて、その日のうちに実家帰っちゃって。まぁ、日頃から相当不満が溜まってたんだろーね」

 それが中2の3学期の春休み直前のことで、私はとりあえず家に残って、修了式までは何事もなかったかのように学校に通った。
 そして春休み初日。私と母は一旦祖母の家に身を寄せることにしたので、必要な物だけを段ボールに詰め込んで引っ越し業者にお願いし、大物の荷物やら、家電やらは全てあの家に残して出て行ったのだ。
 
「大変だったんだな。気づいてやれなくてごめん……」
「ううん、ケイタには話そうかと思ったんだけど、最後までしんみりしたくなくて。こっちこそごめんね」
「心配したんだからなー」
「ほんとごめん。なんかあのときはドタバタで、もはや他人事みたいに感じちゃって」
「でも辛かっただろ?」
「うん……辛かったし、恨んだ。父親のことも勿論だけど、その愛人にも腹立って。人の人生無茶苦茶にしやがって!って、お母さんと呪いの藁人形とか調べてAmazonで買いかけたもん」
「こえーよ……」
「まぁお婆ちゃんに、人を呪わば穴二つって教えられて、諦めたんだけどね!」

 あっけらかんとして当時を語れるようになったのは、もうすっかり過去のことだからだ。
 当時はとてもじゃないけど、こんな話できなかった。
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