そんな理由で婚約破棄? 追放された侯爵令嬢は麗しの腹黒皇太子に溺愛される

36 荒れた地で踊る皇太子妃ーそのいち

「ルコント王国の貴族達が我が国に助けを求めております。民衆の暴徒達が国王達に特に気いられていた貴族達を処刑しだしたそうです。王妃達を処刑しても緑の妖精王のご機嫌は直らなかったようですね」

 リッキー皇子がヴァルにそう報告する。彼はこの帝国の第三皇子で文官達の長である皇室文総という地位に就いている。ルコント王国でいう宰相に近い地位だと思う。

「食料は充分援助しているのに、やはり土地が荒れたままでは民衆の怒りもおさまらないのだろう。花も咲かない国はルコント王国だけだからな」

 ヴァルはリッキー皇子に、この話題に興味がなさそうな表情で答えていた。ここはヴァルと私の執務室で机が仲良く並べられている。最初は隣り合った部屋だったのだけれど、部屋を隔てる壁がなくなり結局机が隣り合わせになった。ヴァルの仕事が進まないとリッキー皇子が不平を漏らすことはこれでなくなった。ヴァルは私の側にいたくていつも私の執務室にいたから。


 私は宮殿の庭園にさまざまな花が咲き乱れているのを執務室から眺めた。ここは私がいることで植物が生き生きと成長し、季節に関係なく花々が咲き誇る。そして、この帝国の隅々まで豊かな土壌が広がり作物は実り放題だった。

「ヴァル、これ以上血を流させたらいけないわ。悪い事をしていた貴族達は仕方がないけれど、国王達に気に入られていたというだけで処刑するのはあんまりよ」

「しかし、他国のことだし内政不干渉という国際法もあるからなぁ」

「他国じゃなくなれば良いのね? だったらルコント王国もブリュボン帝国になればいいのね?」

「おやおや? 領土拡大をもくろんでいるのか? さすが、俺の妃だ。それでは今から攻め込むか? 国王亡き後は貴族達が争いあって小競り合いが絶えないときいた。だが俺の軍ならあのルコント王国を1日で、いや半日で手に入れることができるぞ」

彼の尻尾がピンと立ち、耳がぴくぴくと得意気に動いた。これは嬉しくて自慢したい時にこうなるのよ。

「ヴァル、私をルコント王国に行かせて。きっと彼らの力になれると思うの。今はこのブリュボン帝国の皇太子妃だけれど、ルコント王国で育った私には祖国のそんな現状をなんとか助けたいのよ」

「緑の奇跡でか? 危険すぎる。あちらは暴徒化した民衆もいれば、貴族達も争いあい無秩序な世界が広がっている。危険な目にあったらどうするのだ?」

「私が危険な目にあう? ラヴァーン皇子、私に剣を向けてくだいな」

 ラヴァーン皇子はヴァルの二番目の弟で聖騎士団長だ。今日はちょうど宮殿にいらっしゃっていて、凄腕の剣の使い手。そのラヴァーン皇子が迷わず私に剣を向けた瞬間、庭園からつるバラの先端が伸びてきて、彼の手を思いっきり叩いた。さらには裏庭に私が植えたトマトやイチゴの果物などのツルまでが強化されて太くなりラヴァーン皇子の身体を縛り上げる。

「いかがですか? 最近は植物が私の護衛騎士です。ルコント王国では近々、豊穣祭りがあるはずですわ。踊りや音楽も奏でられます。花火も打ち上がりそれはもう民達がとても楽しめるお祭りですのよ。そこに行きましょう。そして美しい音楽はヴァルが奏でるのよ。私がそこで緑の妖精王のために踊ります。きっとそれで妖精王の怒りが解ける気がするのです。そしてその様子を貴族や民達がみれば、このブリュボン帝国に忠誠を誓うでしょう」

 トマトとイチゴのツルを必死になって剣で切ろうとしているラヴァーン皇子に謝りながらも私はツルに向かって命令した。

「私を守ってくださってありがとう。もう、大丈夫よ。離してあげてちょうだい」


 するりとツルはラヴァーン皇子の身体から離れていき、もとの太さに戻るとシュルシュルと縮んでいった。

「俺の妃は美しいだけじゃない。守られるだけでもない。国を支え他国のことまで考え、さらには領土まで広げることができる可愛い策士だ」

 ヴァルの尻尾がよりぴーんっと立ち、耳も得意気にピクピクと揺れたのだった。
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