若き公爵の子を授かった夫人は、愛する夫のために逃げ出した。 一方公爵様は、妻死亡説が流れようとも諦めません!
 ショーンをベビーベッドに寝かせ、夫婦で顔を見合わせる。
 二人とも、よかった、という顔をしていた。
 そのまま、ショーンを起こさないよう小声で話す。

「……すごいな。僕にはできないよ」
「私だって、最初はどうしたらいいかわかりませんでしたよ。私には……3年、ありましたから」

 そう言うと、カレンは少し俯いた。
 ジョンズワートにもあったはずの3年を、自分が奪ってしまったことを思い出してしまったのだ。
 ジョンズワートも、妻の感情の動きを察したようで。
 カレンの髪に触れ、彼女の顔を上げさせた。
 再会したときに比べたら、ずいぶん長くなった亜麻色のそれは、つやがあり、指通りもいい。

「……よく、頑張ったね。乳母もなしで、ここまで。きみは立派な母親だよ」
「っ……!」

 ジョンズワートだって、最初の3年をともにできなかったことは素直に寂しいし、残念に思っている。
 けれど、ここまでショーンを育て上げたカレンのことは、心から尊敬していた。
 チェストリーが夫と父親の役を務めていたから、一人ではなかったが。子育てをしたのは、主にカレンだと聞いている。
 これといった財産も持たず他国へ逃亡したため、チェストリーは暮らしを守るために稼ぎに出ていることが多かった。
 村の人々にもよくしてもらったそうだが、ショーンをここまで育てたのはカレンなのである。
 賞賛。労わり。そんなジョンズワートの気持ちが、カレンにも伝わったのだろう。
 彼女は、ぽろぽろと涙をこぼしはじめる。

「カレン!? ごめん、泣かせるつもりは……」
「ちが、違うんです。嬉しくて。この子の母になれていることが、そう見えることが、嬉しくて」
「カレン……」

 涙がとまらず、カレンは自分の手で顔を覆った。眠るショーンを気遣っているのか、こんなにも泣いているというのに声は出していない。
 ジョンズワートは、そんな妻をそっと抱きしめて。
 眠る息子と、寄り添う夫婦。夜は、静かに更けていく。
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