可哀想な皇太子殿下と没落ヒヒンソウ聖女は血の刻印で結ばれる
「お呼びでしょうか。」
王座の間にある王の座に座ったジルゴバートの前に片膝をつき頭を下げ、そう聞いた。
またムシャクシャすることがあったのだろう。
この男はムシャクシャすることがあると俺のことを口で攻撃し楽しむ傾向がある。
そう思っていたら・・・
「聖女が出現したらしい。
俺はわざわざ会っていないが、信用している貴族が確認したから間違いない。
聖女を確認する“医師”として色々と確認したようだな、身体を触ろうとしたら拒否されたらしいが。
お前、その聖女と結婚しろ。」
そんな予想外の話には固まった。
固まった中、咄嗟に思い浮かんだのはルルの姿で。
太陽のように眩しく光るルルの姿で。
15歳のルルの姿を思い浮かべていたら、ジルゴバートが続けた。
「好きな女がいるからな、お前には。」
俺の普段の同行の調査もしているであろうジルゴバート。
俺は10歳の時にこの王宮に巨大なグースに乗り現れた。
この男が今座っているこの場所にいた時、その上にある天井窓に魔獣姿のエリーも呼び出しグースに乗り着地した。
黒髪持ちの俺の登場はその場にいた全員が驚愕していた。
そんな中、ジルゴバートだけは興味津々な様子で俺のことを見上げていた。
そして俺を王座の間にグースとエリーと共に入らせ、これまでの暮らしのことを聞いてきた。
それに俺は“10歳のガキ”として、“可哀想な10歳のガキ”として答えた。
悪いモノではないと判断して貰えるよう、黒髪だからといって何の力もないことを訴えた。
巨大なグースと魔獣のエリーに両手を添えながら。
“これら”を俺は従えていると印象付けながら。
その時のことを思い出しながら、ルルのことも想いながら、俺は深く頷く。
「その女はもう1人の正室として迎え入れればいいだろ。
聖女が現れたからには王族に正式に取り込みたい。
なんといっても国に安泰をもたらすからな。」
「僕は黒髪持ちですので、その聖女様に何か良くないことが起きる可能性も考えられます。
第1皇太子殿下と第2皇太子殿下にそのお話はされましたか?」
「勿論した。
だかあの皇子達はあんな感じだからな。
すぐに断られた。」
「そうですか・・・。」
この人生では勿論誰とも結婚するつもりなんてない。
何とかジルゴバートの機嫌を損ねないよう回避したい。
いつもは歯向かうことはないけれど、これについては意見を言った。
「僕は騎士としての仕事が出来るだけで充分です。
他には何も望んでいません。
ですが、僕は黒髪持ち・・・」
言葉を切った後、初めてゆっくりと顔を上げジルゴバートを真っ直ぐと見上げた。
「ただの騎士で黒髪持ちの僕が聖女様と結婚した場合でも国は安泰になるのでしょうか?
そんな心配も僕はしてしまいます。」
この男と側近のせいで傾き続けるこの王国。
それなのに国の安泰を求めているこの男にそう伝えた。
でも・・・
「そんなことを言ってただ断りたいだけだろ?」
苛立った声でそう指摘されてしまった。
それには分かりやすいくらいの困った顔で笑う。
この男は俺が困ることが大好きだった。
「僕の好きな女の子は妻がもう1人いる男の元には嫁いでくれないでしょう。
黒髪持ちで只でさえハンデがあります。
これ以上のハンデは・・・。」
この人生で俺が誰かと結婚したとルルが知ったら、きっと次の人生で俺の求婚を受けてはくれない。
インソルドでは生涯1人の相手と添え遂げる。
例え相手が死んでしまったとしても、その後に他の相手と結婚することはない。
そんな教育の中で育ったルルは、きっと次の人生で俺の求婚を受けてはくれない。
俺にはハンデが沢山ある・・・。
後悔ばかりのハンデが沢山ある・・・。
そう思うのに、ジルゴバートは苛立った顔のまま俺のことを見下ろす。
「それならただの騎士ではなくさせてやる。
聖女との結婚により第3皇太子としての地位をやる。
次の王になれる可能性のある権利を。
それなら女も喜んでもう1人の正室になるだろう。
女というものは権力が大好きだからな。」
そんな欲しくもない地位を見せられ、俺は慌てて口を開いた。
「ですが、僕はそういったものには興味はなく・・・。」
興味がないどころか捨てたかった。
インソルドで初めて知った時から、そんなモノ俺はずっと捨ててしまいたかった。
そんなモノは俺にとっては良くないモノでしかなかった。
「分かっている。
だから形だけだ、形だけ。
それともなんだ?
この国の安泰を望んでいないのか?
そんな者に第2騎士団の団長を任せるつもりはないぞ?」
その言葉には焦る気持ちが込み上げた。
この人生で強く強く強く、どこまでも強く生き抜くには第2騎士団の団長として生き抜きたかった。
第1騎士団の団長、チチと同じ騎士団の団長として。
インソルドの魔獣の様子やエリーが育てた女の報告書をたまに渡してくるだけのチチを思い浮かべた時、チチの声が聞こえた気がした。
“最善を尽くせ。”
何度も何度も何度も言われていた言葉。
その言葉と半年前に見た地獄の光景が重なった。
「聖女まで現れた。
これで“俺の国”はもっと安泰になる。
頼んだぞ、ステル。」
「はい・・・。」
この人生で“最善を尽くす”為、項垂れるように深く頭を下げた。
そしたら、ジルゴバートが続けた。
「そういえば、聖女はインソルドから来たらしいぞ。」
それには思わず項垂れていた頭が少しだけ上がった。
「インソルドですか、名前はなんという方でしょうか。」
「カルティーヌという名前だったかな。
インソルドに流された没落貴族、マフィオス家の令嬢だよ。」
「そうですか。」
王宮ではマフィオス家が没落貴族ということになっていた。
調査をしたところによると約18年前からそういうことになっていたらしい。
ジルゴバートが実質的な国王となってから。
王座の間から出た後、力が入らない両足を必死に動かし続けた。
「カルティーヌ・・・。
俺が知っている女か、それとも・・・何処かに捨てられていた女を育て、それが聖女になってマフィオス家の養子に入れたか。」
インソルドでもインラドルでも赤子や子どもを拾うことは珍しくなかった。
それくらいに国が傾いていたということを王宮に戻ってから知った。
「養子に入った時に立派な名前を付けて貰ったのか。」
あの村では短い名前が一般的だった。
そうでないと戦いの時に邪魔になる。
窓から見える“死の森”を眺めながら、ルルに伝える。
「俺は“最善”を尽くして生き抜く・・・。
“好き”で“大好き”で“愛している”のはルルだけだから、この人生で結婚する俺のことを許して・・・。」
王座の間にある王の座に座ったジルゴバートの前に片膝をつき頭を下げ、そう聞いた。
またムシャクシャすることがあったのだろう。
この男はムシャクシャすることがあると俺のことを口で攻撃し楽しむ傾向がある。
そう思っていたら・・・
「聖女が出現したらしい。
俺はわざわざ会っていないが、信用している貴族が確認したから間違いない。
聖女を確認する“医師”として色々と確認したようだな、身体を触ろうとしたら拒否されたらしいが。
お前、その聖女と結婚しろ。」
そんな予想外の話には固まった。
固まった中、咄嗟に思い浮かんだのはルルの姿で。
太陽のように眩しく光るルルの姿で。
15歳のルルの姿を思い浮かべていたら、ジルゴバートが続けた。
「好きな女がいるからな、お前には。」
俺の普段の同行の調査もしているであろうジルゴバート。
俺は10歳の時にこの王宮に巨大なグースに乗り現れた。
この男が今座っているこの場所にいた時、その上にある天井窓に魔獣姿のエリーも呼び出しグースに乗り着地した。
黒髪持ちの俺の登場はその場にいた全員が驚愕していた。
そんな中、ジルゴバートだけは興味津々な様子で俺のことを見上げていた。
そして俺を王座の間にグースとエリーと共に入らせ、これまでの暮らしのことを聞いてきた。
それに俺は“10歳のガキ”として、“可哀想な10歳のガキ”として答えた。
悪いモノではないと判断して貰えるよう、黒髪だからといって何の力もないことを訴えた。
巨大なグースと魔獣のエリーに両手を添えながら。
“これら”を俺は従えていると印象付けながら。
その時のことを思い出しながら、ルルのことも想いながら、俺は深く頷く。
「その女はもう1人の正室として迎え入れればいいだろ。
聖女が現れたからには王族に正式に取り込みたい。
なんといっても国に安泰をもたらすからな。」
「僕は黒髪持ちですので、その聖女様に何か良くないことが起きる可能性も考えられます。
第1皇太子殿下と第2皇太子殿下にそのお話はされましたか?」
「勿論した。
だかあの皇子達はあんな感じだからな。
すぐに断られた。」
「そうですか・・・。」
この人生では勿論誰とも結婚するつもりなんてない。
何とかジルゴバートの機嫌を損ねないよう回避したい。
いつもは歯向かうことはないけれど、これについては意見を言った。
「僕は騎士としての仕事が出来るだけで充分です。
他には何も望んでいません。
ですが、僕は黒髪持ち・・・」
言葉を切った後、初めてゆっくりと顔を上げジルゴバートを真っ直ぐと見上げた。
「ただの騎士で黒髪持ちの僕が聖女様と結婚した場合でも国は安泰になるのでしょうか?
そんな心配も僕はしてしまいます。」
この男と側近のせいで傾き続けるこの王国。
それなのに国の安泰を求めているこの男にそう伝えた。
でも・・・
「そんなことを言ってただ断りたいだけだろ?」
苛立った声でそう指摘されてしまった。
それには分かりやすいくらいの困った顔で笑う。
この男は俺が困ることが大好きだった。
「僕の好きな女の子は妻がもう1人いる男の元には嫁いでくれないでしょう。
黒髪持ちで只でさえハンデがあります。
これ以上のハンデは・・・。」
この人生で俺が誰かと結婚したとルルが知ったら、きっと次の人生で俺の求婚を受けてはくれない。
インソルドでは生涯1人の相手と添え遂げる。
例え相手が死んでしまったとしても、その後に他の相手と結婚することはない。
そんな教育の中で育ったルルは、きっと次の人生で俺の求婚を受けてはくれない。
俺にはハンデが沢山ある・・・。
後悔ばかりのハンデが沢山ある・・・。
そう思うのに、ジルゴバートは苛立った顔のまま俺のことを見下ろす。
「それならただの騎士ではなくさせてやる。
聖女との結婚により第3皇太子としての地位をやる。
次の王になれる可能性のある権利を。
それなら女も喜んでもう1人の正室になるだろう。
女というものは権力が大好きだからな。」
そんな欲しくもない地位を見せられ、俺は慌てて口を開いた。
「ですが、僕はそういったものには興味はなく・・・。」
興味がないどころか捨てたかった。
インソルドで初めて知った時から、そんなモノ俺はずっと捨ててしまいたかった。
そんなモノは俺にとっては良くないモノでしかなかった。
「分かっている。
だから形だけだ、形だけ。
それともなんだ?
この国の安泰を望んでいないのか?
そんな者に第2騎士団の団長を任せるつもりはないぞ?」
その言葉には焦る気持ちが込み上げた。
この人生で強く強く強く、どこまでも強く生き抜くには第2騎士団の団長として生き抜きたかった。
第1騎士団の団長、チチと同じ騎士団の団長として。
インソルドの魔獣の様子やエリーが育てた女の報告書をたまに渡してくるだけのチチを思い浮かべた時、チチの声が聞こえた気がした。
“最善を尽くせ。”
何度も何度も何度も言われていた言葉。
その言葉と半年前に見た地獄の光景が重なった。
「聖女まで現れた。
これで“俺の国”はもっと安泰になる。
頼んだぞ、ステル。」
「はい・・・。」
この人生で“最善を尽くす”為、項垂れるように深く頭を下げた。
そしたら、ジルゴバートが続けた。
「そういえば、聖女はインソルドから来たらしいぞ。」
それには思わず項垂れていた頭が少しだけ上がった。
「インソルドですか、名前はなんという方でしょうか。」
「カルティーヌという名前だったかな。
インソルドに流された没落貴族、マフィオス家の令嬢だよ。」
「そうですか。」
王宮ではマフィオス家が没落貴族ということになっていた。
調査をしたところによると約18年前からそういうことになっていたらしい。
ジルゴバートが実質的な国王となってから。
王座の間から出た後、力が入らない両足を必死に動かし続けた。
「カルティーヌ・・・。
俺が知っている女か、それとも・・・何処かに捨てられていた女を育て、それが聖女になってマフィオス家の養子に入れたか。」
インソルドでもインラドルでも赤子や子どもを拾うことは珍しくなかった。
それくらいに国が傾いていたということを王宮に戻ってから知った。
「養子に入った時に立派な名前を付けて貰ったのか。」
あの村では短い名前が一般的だった。
そうでないと戦いの時に邪魔になる。
窓から見える“死の森”を眺めながら、ルルに伝える。
「俺は“最善”を尽くして生き抜く・・・。
“好き”で“大好き”で“愛している”のはルルだけだから、この人生で結婚する俺のことを許して・・・。」