婚約破棄寸前の不遇令嬢はスパイとなって隣国に行く〜いつのまにか王太子殿下に愛されていました〜

「こら、ヴェル! ――ごめんなさい、この子、この言葉が気に入っているみたいで」

「アングラレスにいる頃からこの言葉を?」と、レイが微かに眉を曇らせた。

「そうね。ずっと……言っていたわ」

「そうか」

 レイは黙って天井を仰ぐ。わたしも、なんとなく次に紡ぐ言葉が見つからなくて、ただ彼の腕の中にいるヴェルの体を撫でていた。

 そう言えば、ヴェルと遊んでくれたことはちゃんとお礼を言えたけど、この子を通じでわたしを励ましてくれたことの感謝の気持ちはまだ述べていないわね。

「っ……」

 ぼんやりと考えていると、またもや顔が上気して、もぞもぞした変な感覚に陥った。
 さっきのレイの言葉も相まって、恥ずかしくて「ありがとう」ってその一言が口に出せない。こんな感情は初めてだ。
 侯爵令嬢として、礼儀正しくしなさいって教育を受けてきたのに、なんで基本的なこともできないのだろう……。
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