二人でお酒を飲みたいね。

終章

 6月15日、この日は月曜日である。 慰霊祭を行ったために振替で休みになっていた。
午前7時、涼子はそっと置きだすと台所へ向かった。 静かな台所で大根や豆腐を切り始める。
(姉さんもこうして食事を作ってたんだろうな。) 包丁を握っているとなんだか懐かしい姉の後姿を見たような気がする。
(あの人と付き合うようになるまでは一緒に住んでて交代で料理を作ってたのよね。) 鍋に水を入れ、鰹節を用意する。
その頃、俺はまだ康子の隣で夢を見ていた。 でもその夢は、、、。

 台所ではご飯も炊けて朝食の準備が整うところである。 「高木さん、朝食出来たわよ。」
俺を揺り起こす涼子はどこか優しく感じる。 でもそれが今の俺には恐ろしく感じているのである。
(何か企んでいるんじゃないのか?) 疑念を持つには十分すぎるくらいに優しいのである。
「私が何かするって思ってるでしょう? 何もしないわよ。 姉のようにあなたに尽くしていたいだけ。」 その言葉に俺は思わず身震いをした。
あくまでも純粋で男に尽くし切る日本人女性を演じようとしているのか? それともこれが涼子の本性なのか?
 初めて自分を捧げた男に燃え尽きようとしているのか? それとも?

 午前8時。 俺たちは朝食を済ませてベランダに出た。
「この朝顔、姉が買ってきたんですってね?」 「そうだよ。」
「あなたは何とも思わなかったの?」 「思わなかったって?」
「この花に姉が命を懸けていたこと あなたは気付かなかったのね?」 「いや、なんとなく、、、。」
「別れた女が戻ってきて食事を作ってくれる。 あなたはそれだけで満足してたのよ。」 「いや、そうじゃない。」
「何がそうじゃないの? あなたは現に復縁したのに何もしなかったじゃない。 してないなんて言わせないわよ。」
涼子の追及は激しくなってきた。 「抱くだけ抱いて後は召使にでもすればいいって思ってたのね? 汚いわよ。」
「そんなんじゃ、、、。」 「じゃあ、何のために姉を抱いたの? 言ってみなさいよ。」
「それは、、、。」 「ただ抱きたかっただけでしょう? だからここへ来て何も言い返せないのよ。 あなたは弱虫で臆病で優柔不断で自分じゃ何も決められない卑怯な男なのよ。」
そこまで吐き捨てた涼子は寝室へ飛び込んで行った。 しばらく物音がしなくなった。
 俺はというと居間に戻ったまではいいのだが、なんだか体が痺れてきて立ち上がることも出来ないでいる。
そこへ涼子が出てきた。 「効いてきたようね?」
「何をしたんだ?」 「あなたにはじっとしていてほしいのよ。」
「じっとしていろって?」 「そう。 何も言わなくていいから姉の隣に居て。」

 午前9時。 康子を間に挟んだ俺たちは寝室に居た。
「俺たちをどうする気だ?」 「3人で仲良く天国に行きましょうね。 それなら文句は無いでしょう? 高木さん。」
俺はぞっとして立ち上がろうとした。 「動かないで! あなたが動いたら私と姉は首を絞められるの。 あなただけ残すわけにはいかないわ。」
確かにボーっとしている間に首にロープを巻き付けられていた。 「こんなバカなことを、、、。」
「バカでもいいの。 あなたを道連れに出来たらそれでいいのよ。」
俺の首に巻き付いたロープは涼子の腕に巻いてある。
そして俺の腕に巻いてあるロープは二人の首に巻き付いていた。 (動かないでいるしかないな。)
とは思ったけれど、1ミリも動かないでいられる保証は無い。 誰かが動けば誰かの首が絞まるのだ。

 午前10時。 俺は尿意を催して立ち上がろうとした。 その時、二人の呻き声が聞こえた。
と同時に台所で大きな爆発音が轟いて火柱が立ったのだ。

 翌日の新聞は1面でこの火事を報道していた。

 『6月15日 午前10時ころ、雑貨販売業の高樹純一さん宅で火災が発生した。
火元は台所付近で、裏に置いてあるガスボンベが爆発した模様。
 その後の警察と消防の調べで寝室から男女3人の遺体を発見した。
 1女性の物と思われる遺書が見付かったことから3人の恋愛感情の縺れから来る無理心中ではないかと見られている。

 なお、3人の死因について警察では一人は病死、後の二人は服毒後の窒息死ではないかと話している。』

 涼子のしたためた遺書は玄関先の物置から見付かっている。

 「皆さんにご迷惑とご心配をお掛けしました。
彼は私が殺したんです。 どうか彼を許してあげてください。
 彼に夢中になっている姉が羨ましかった。
それで姉が死ぬのに合わせて彼を道連れにすることを思い付いたんです。
 これからは3人 離れることはありません。
同じお墓に埋葬してくださいね。」
 焼け跡には植木鉢が一つ、狭いベランダで花を咲かせようとしていた。
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