二人でお酒を飲みたいね。
 好き同士、魅かれ合ってくっ付いて一夜を共にする。 それだけなら猫でもやる。
でも人間は、、、。 一緒に暮らすことを互いに決意して暮らし始め、良しと思えば結婚する。
そして自然に絡み合って子供を授かる。 それが大学ノートに書いたような筋書きだ。
でも中には求められずにくっ付いた人たちも居るし、求めていてもくっ付けない人たちだって居る。
最初は不似合いに思われても、くっ付いてみたら意外とお似合いだった人たちも居る。
お似合いだって囃されてもくっ付いてみたらまったく不似合いですぐに別れてしまった人たちも居る。 人の縁とは分からない。
事実、俺たちだって似合いかどうかも分からないままにくっ付いて15年も連れ添ったが、意外に簡単に別れてしまった。
子供を授かれなかっただけではない。 何かが足りなかったのだ。
それは何だろう? 喧嘩するでもなく嫌味を言うでもなく、ただただくっ付いてきたのに。

 尚子は静かにパスタを食べている。 尚子の言葉を借りれば俺は康子を奪い尽くせなかったということなのか?
「何 深刻な顔をしてるんですか?」 「さっきのことを考えてたんだよ。」
「ああ、奪い尽くすってことですか?」 「うん。」
「私ね、高木さんに抱かれながら感じたんです。 女って命の底で愛する生き物なんだなって。」
「命の底で?」 「そうです。 妊娠だってそうでしょう。 男の人が命の底にまで来てくれるから子供を授かれるんですよ。」
その言葉を聞いた時、俺は胸が震えるのを感じた。
確かにそうだ。 俺は尚子も康子も表面だけを見ていた。
表面だけを見て自分はこの女を愛してると思った。 でも康子も尚子も違っていたんだ。
腹の奥まで突き入れられて燃え上がっているだけではなかった。 二人ともそこに愛を求めていたんだ。
今まで俺はそんなことには気付きもしなかった。 なのに康子は何も言わなかった。
ただ抑えていたのか? そうではないはずだ。
俯いてしまった俺を見て尚子は口を拭きながら黙っている。 軽蔑しているのか?
「高木さん、奥さんもきっと奪い尽くされたかったんだと思いますよ。 せっかく愛してるなら、、、。」 そう言って尚子は椅子を立った。
 後から追い掛けるように俺も店を出た。 「高木さん、これからも私は好きです。 また飲みましょうね。」
彼女は笑っている。 俺はますます澄まないような気になってきた。
 部屋に戻ると誰も居ない。 変だなと思いながらパソコンを見ていると柳田初枝が入ってきた。
「誰も居ないんですか? と思って来てみたら高木さんが居た。」 「どうかしたの?」
「いえねえ、開発部があんまりにも暇だから抜けてきたんですよ。」 「おいおい、それはまずいよ。」
「いいのいいの。 部長も出掛けてるから。」 初枝は近くの椅子に座った。
隅に置いてあるパソコンからは選んでおいたジャズが静かに流れている。 「センターは静かでいいですねえ。」
「そうでもないよ。 メールを見てるとイライラするから音楽を掛けておいたんだ。」 「開発部はペチャクチャうるさくて困るわ。」
「みんなで話し合ってるんだろう?」 「なんのなんの、誰が浮気したの喧嘩したのってそればっか。」
「それも困るなあ。」 「でしょう? ちっとは売れる商品を考えなさいよって。」
「柳田さんなら聞いてくれるんじゃないのかい?」 「それがねえ、そうでもないのよ。」
「は? どういうこと?」 「若い子の意見なら聞くけどって、、、。」
「そりゃダメだよ。 柳田さんはうちでも古株なんだから、、、。」 「それがダメなのよねえ、新陳代謝するんだって聞かないのよ。」
「新陳代謝ねえ。」 俺はマジで考えた。
俺がセンターに移動になったのもそれが有ったからかもしれない。 お互いに中年は辛いなあ。
隣の部屋の扉が開いた。 誰か出てきたのかな?
でも廊下は静かなままだ。 まあいい。
 初枝はYouTubeに聞き入っている。 俺はメールを処理しながらその横顔を見詰めていた。
彼女は結婚していて市役所勤めの旦那が居る。 息子も高校生だったはず。
ラグビーか何かをやっていたはずだよな。 試合を見に行ったことが有る。
それにしても静かな午後だ。 仕事が一段落着いたところでコーヒーを入れた。
「柳田さんも飲むでしょう?」 「戴くわ。」
やっと笑顔を見せた初枝はコーヒーを飲みながら俺のパソコンを覗いた。
 「へえ、こんなにメールって来るもんなんだ。」 「驚いた?」
「今までさあ、開発部だからうちのホームページすら見たこと無いのよ。 びっくりねえ。」 「今日は静かなほうだよ。」
「そうなんだ。」 「いつもは嫌がらせだって来るんだから。」
初枝が興味を示したのはパソコンの横に置いてあるノートだった。
「これはねえ、今までに見た面白いメールをコピーして貼り付けてあるんだよ、、、。 しょうもないのが多いけど。」
パラパラとページを捲っている。 イラっとしたり、吹き出したり、驚いたり、、、。
「センターって大変なのねえ。 頑張ってね。」 部屋を出ながら初枝が投げた投げキッスに俺はまともに返してしまった。
そこへ入れ違いに尚子が入ってきたから俺は固まってしまった。
「投げキッス ありがとうございまあす。」 なんか嬉しそう。
「びっくりしたよ。 いきなり来るから。」 「脅かすのが私なのです。 分かってくれましたか?」
「十分に分かった。」 「まだまだ分かってませんよ 高木さんは。」
「そうかなあ?」 「女心はこんなもんじゃないですからねえ。」
窓際に立った彼女はブラインドを降ろした。 「日当たり強過ぎますね。」
「そう? 感じなかったな。」 「あんまり日当たりがいいと居眠りしちゃいますから。」
「それもそうだ。」 俺はパソコンを閉じて帰り支度を始めた。
「もう帰るんですか?」 「仕事も落ち着いたから。」
「今夜もお食事どうですか?」 「用も無いしいいかな。」
「じゃあ、丸一で7時に待ってますね。」 「あいよ。」

 なんだか浮かれている俺はさっさと社を出ると家へ戻ってきた。 途中でいろいろと買い物もして重たい荷物をぶら下げている。
「今夜はまた丸一で飲むんだよな。 忘れたらえらい目に遭うぞ。」 ブツブツ言いながら買った物を冷蔵庫に放り込んでいく。
切り身とか大根とか大葉とか、寿司屋にでも成れそうな材料がたくさん、、、。
 (康子だったらどうしてたかなあ?) そんなことまで考えてしまう。
いやいや、今は尚子に集中すべきだ。 フラフラしてたんじゃどうしようもない。
とはいえ、この間康子と同じ店で会ったばかりじゃないか。 舌の根も乾かぬうちに、、、とは俺のことだ。
 留守電を確認する。 誰からって掛かってくることも無い。
時計を気にしながらテレビを見る。 夕方の番組はどうも面白くない。
読み貯めておいた新聞を開いてみる。 目新しいニュースが有るわけも無く、、、。
つまらなくなってきた俺は床に寝転がって天井を仰いだ。 親父の13回忌がすぐそこだ。
しかしこれは姉に任せておけばいいだろう。 姉夫婦が墓を見てるのだから。
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