【コミカライズ連載中】➕SS 雲隠れ王女は冷酷皇太子の腕の中〜あなたに溺愛されても困ります!

 ——また《《やられた》》のかしらね……?

 大きくて重いバケツを両手で提げてきたものの、井戸なんて影も形もありゃしない。

 ——お店が忙しい時間だもの。早く戻らなきゃ店長さんに叱られる。

『マリア、またお前か!』店主の罵声と怒った怖い顔が目に浮かんだ。

 どうしよう。
 井戸などなかったと言って店に戻ろうか……。

 ——でもっ。もし井戸水が本当に必要で、井戸もちゃんとあるとしたら?

 不安と焦りとで胸がぎゅっと締め付けられる。
 あの三人に担がれたのかも知れないけれど、万が一のためにもう少しだけ探すことにした。
 
 ——あった……!

 黒々とした茂みに隠されるようにひっそりと、古びた井戸がマリアの視線の先にある。急いで駆け寄って——躊躇いながらもこわごわ中を覗き込んだ。
 
「こんな古い井戸に、お水なんてあるのかしら……?」

 井戸の中は真っ暗で何も見えやしない。
 マリアが少しだけ深く、身を乗り出した時。

 背中を強く押されるのを感じたと思えば、視界がぐらりと回転した。
< 57 / 580 >

この作品をシェア

pagetop