貴公子アドニスの結婚
嫡子となる男子を生んで産褥期を過ぎたある日、アドニスは夫人の寝室を訪れた。
長女の時も今回も、彼女の希望で彼女自身が赤子に乳を与えている。
もちろん公爵家で用意した乳母はいるが、夫人はそれを拒むわけではなく、しかし自分も一緒に授乳したいと申し出たのだ。
特に拒む理由もないアドニスは、それを了承した。
そして今晩は赤子もぐっすり眠り、乳母が面倒を見ている。
(そろそろいいだろうか…)
アドニスはこの数ヶ月、かなり我慢したのだ。
二十代半ばという男盛りに、禁欲生活を強いられていたのだから。

しかし寝室を訪れると、夫人はしっかりと首元まで隠れるような部屋着を着て、机の前に座っていた。
「…何をしている?」
「まぁ旦那様。こんな夜中にどうされました?」
「その…、赤子も寝たようだし、そなたはどうしているかと、」
夫人はあからさまに大きなため息をつくと、椅子から立ち上がった。
そしてアドニスの前まで歩いてくると、キリリと顔を上げた。
久しぶりに間近で見る妻の顔は、やはり美しい。
アドニスが夫人の頬に手をやろうとすると、彼女はその手を振り払った。
(……っ⁈)
驚いて夫人の顔を見つめれば、彼女はすんっと表情をなくしてこう言った。

「旦那様、私、お褥下がりさせていただきます」
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