始まりの音
 彼女はいつも、ジャングルジムのてっぺんから夜空を見上げている。


 僕がその公園で彼女を見つけたのは、夏休みに入る少し前のことだった。

 僕には、夜中限定でジョギングをする習慣がある。
 その日はいつもよりも長い距離を走った。
 昼間に温存した体力を放出するかのように、がむしゃらに閑散とした町を走り続けたのだ。

 身体を動かせば、重たい荷物が一つ二つと切り離せるように思えた。
 身体が軽くなっていく感覚は、脱皮した新たな自分に会えるような錯覚を起こし、爽快感に包まれる。

 とは言え夏の夜は暑い。
 額からは汗が伝って首元へと流れ落ちた。全身汗まみれで喉も乾いている。

 僕は息を切らしながら、閉店した居酒屋の前に立ち並ぶ自販機で水を買い、いつもは気にせずに通り過ぎる児童公園で休憩を取ることにした。

 その時、ジャングルジムの上に彼女がいることに気がついたのだった。
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