一人ぼっちの魔女は三日月の夜に運命の騎士と出逢う

30.エルヴィンの訪問

「お久しぶりです、殿下……」
「エルヴィン……」

 ルイードの執務室に現れたのはエルヴィンだった。

「エル、こんな所に来たらマズイだろ」
「隊長……」

 ルイードに一目散に頭を下げたエルヴィンは、部屋にマティアスがいたことに気付く。

「お前は近衛隊をクビにしたはずだ。城に何の用だ?」

 厳しい表情のルイードがマティアスに目をやると、次はエルヴィンを見た。

「務めはしっかりと果たします。ですが、どうしてもお伺いしたいことがございまして……!」

 エルヴィンはルイードと目が合うと、再びその場に跪いた。

「……聞きたいこと?」
「……ルナのことです」

 エルヴィンから出た名前に、ルイードの瞳が揺れる。

「エル〜、俺の魔法空間が施してあるから良いものの、もう少し警戒持てよ? 真っ直ぐすぎるのもよくないぞ?」
「……! マティアス隊長はご存知なんですね?!」

 エルヴィンを制したはずのマティアスだったが、逆に言動から詰め寄られてしまう。

「あ〜、殿下……」

 マティアスは両手を上げてルイードを横目で見る。

「ルナ、とは誰のことだ?」
「!」

 ルイードからは冷ややかな表情で返されてしまい、エルヴィンは思わず引き下がりそうになる。

「俺は……殿下を尊敬しています。殿下が妹を殺すような方ではないと信じています! お二人はそれぞれで戦っておられるのでしょう?!」
「エル、落ち着け!」

 ルイードに縋るように言葉をぶつければ、エルヴィンはマティアスから制される。

「……ルナセリアは死んだ」
「ルナ……セリア?」
「殿下が処刑された王女の名前だ」

 ルイードの冷たい視線を受けながら、エルヴィンはその名前を繰り返す。マティアスの説明から、その王女がルナだと瞬時に理解する。

「殿下、ルナは俺が必ず守ります。ですが、彼女の身体はもう限界です。どうか、宰相と聖女を、この国の魔物を生み出す原因を排除してください」
「エル! 殿下に国政のことで余計な口出しするんじゃない!」
「マティアス、良い」

 ルイードに懇願するように叫んだエルヴィンをマティアスが叱責したが、ルイードが直ぐに右手で制した。

「お前もさっき口出ししただろう」
「……口出しじゃなくて、頼って欲しいって話じゃなかったでしたっけ?」

 クツクツと笑うルイードに、マティアスは半目で反論する。

「そうだな、俺も腹を決めないとだな」

 ルイードはそう呟くと、エルヴィンに一歩近付く。

「エルヴィン、四日後に聖女祭が開かれる。もう準備が始まっているから知っているだろう?」
「はい……」
「聖夜祭の方に二人で訪れると良い」
「殿下、では……!」

 ルイードはマティアスと顔を合わせると、力強く頷いた。

 エルヴィンは何のことかわからず、ただ首を傾げる。

「あの……?」
「それが私の答えだ」

 聖夜祭で何が起きるのだろうか。きっとルイードに訪ねても答えは返ってこないだろう。

「……俺は、殿下を信じています」
「ああ。ありがとう」

 エルヴィンはルイードをしっかりと見据えて言った。ルイードは目尻を少し下げてエルヴィンに返した。

 結局、ルイードの真意はわからないが、この国にとって、ルナにとって良い方向に動くのだろう、とエルヴィンはこの時そう信じた。

「エル、そろそろ行け。気が済んだだろ?」

 マティアスに追い立てられるように、エルヴィンが執務室を後にしようとしたとき、ルイードから声をかけられる。

「エルヴィン」
「はい、殿下」
「……妹を頼む」

 ルイードの厳しかった表情が、優しい兄の表情になっていた。

「! ……命に変えても」

 エルヴィンがそう答えると、執務室の扉が閉められた。

「……シモンの報告通り、ルナセリア様の信頼を得ているようですね、あいつは」
「それだけかな」

 エルヴィンが去った執務室で、マティアスが目を細めていると、ルイードは含んだ言い方をして笑った。

「え?! そういうことなんですか?!」

 ルイードの言葉にマティアスはテンションが上がる。

「どうかな」
「ちょっ、自分だけ楽しんでないで、教えてくださいよ、殿下! エルは私の部下ですよ?!」

 ルイードの意地悪な物言いに、マティアスは詰め寄る。

「今はシモンの部下だ。シモンに聞いたらどうだ?」
「近衛隊が警備隊と接触出来るわけないでしょ!」

 ルイードの言葉にマティアスは誂われているのだとわかりつつ、ついムキになってしまう。

「あー、また二人で内緒事ですか? 俺、いい加減いじけますからね!!」
「お前ら二人、暑苦しいよなあ……」

 大の大人がいじける姿に、ルイードもクツクツと笑いが止まらない。

「少なくとも、エルヴィンは我が妹のことを想ってくれているようだ。シモンの報告では、自覚がないようだが?」

 ルイードがやっと教えてくれたので、やっぱりそうなのか、とマティアスは感嘆する。

「あいつ、生真面目ですからね。王女殿下なんて知って、増々気持ちに蓋をしませんかね?」
「私の妹の可愛さにそんな気持ちを抑えられるわけが無いだろう。それに、あいつの表情からだだ漏れらしいからな」
「ぶはっ、あんの真面目くんがどんな表情を?!」

 ルイードがシモンから聞いた話をすると、マティアスは吹き出してしまう。

「まあ、あいつのそんな表情を拝むためにも、決戦に備えようじゃないか」
「……近衛隊はいつだって動ける準備をしてきました。あとは殿下、あなたの御心のままに」

 ルイードの言葉に、今まで笑っていた顔を引き締め、マティアスは足元に跪いた。

 この国の決戦の日は近い。
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