一人ぼっちの魔女は三日月の夜に運命の騎士と出逢う

29.王太子と聖女

「あら、お義兄様」

 王宮のすぐ隣には立派な大聖堂が建てられている。慎ましく活動していた教会を数年前に宰相が建て替えさせた。国の予算に組み込まれ、ステンドグラスが壁一面に施され、教会に不似合いなシャンデリアの主聖堂に聖女、ルイーズ・ランバートはいた。

 兄と同じ金色のウエーブした長い髪を後ろに流しながら、兄と同じ金色の瞳を輝かせてルイードの所まで歩いて来る。

「教会にいらっしゃるなんて珍しいですわね?」
「……聖女祭を例年以上の予算をかけて準備しているとと聞いた。正気か?」

 無邪気な笑顔を向けるルイーズに、ルイードは眉をひそめて話す。

「聖女祭は毎年行う大切な行事ですもの。それに、国民も楽しみにしていましてよ?」
「……最近は魔物も活発化していて、国民はそれどころではない」

 王城の敷地から出ないルイーズは、この国の情勢を知らない。無邪気に話を続ける。

「あら! 魔物なんて、私がいるから大丈夫ですわ! この前だって私の聖なる力で魔物が退治されたてしょう? むしろ、お祝いをしないと!」
「……本気で言っているのか?」

 嬉々として手を合わせながら話すルイーズに、ルイードの眉間の皺も深くなる。

「お義兄様、さっきから何が言いたいんですの? お顔が怖いですわ」
「国民から集めた税をそんな無駄に使っては、益々国民から反発される。今はそれどころではないだろう!」

 何も知らない義妹につい苛立ちをぶつけてしまったルイードは、目の前のルイーズがぷるぷる震えているのを見て、我に返る。

「はあ……すまない」
「何よ!」

 謝ろうとした所で、すぐにルイーズの叫び声が響く。

「私のおかげで国民は生きていられるのよ! その私を崇め奉るのは当然でしょ! 国民のお金は私たち王族の物でしょう?! 好きに使って何が悪いのよ? それに、聖女祭は神聖な行事なのよ!」

 ルイーズの金切り声に、ルイードは嘆息を漏らす。

「……たとえお義兄だって私のことは殺せないわよ? お父様とお祖父様が黙ってないんだから!」
「ルイーズ!」

 ルイーズはそれだけ言い捨てると、聖堂から駆け出して行ってしまった。

「我が妹ながら、何と浅はかな……」

 額に手を当て、ルイードが嘲れば、白い近衛隊の制服を着た背の高い騎士がすっと近寄る。

「聖堂での発言は控えた方が良いですよ、殿下」
「マティアスか……」

 ルイード付のマティアスは、さらりとした銀髪に青い瞳で長身。細く見えるが、近衛隊長として鍛えられた体躯をしている。

「王女に会いに行かれるなんて珍しいですね」

 ルイードの執務室まで戻って来ると、マティアスが先に口を開く。

「……妹の方から懐柔出来ないかと思ったが……あれは、手遅れだな」
「辛辣ですねえ」

 義妹を見放すルイードの発言に、マティアスは苦笑する。

「あれも一応王女なんだがな……」
「第二王妃様が当時の第一王妃様への対抗心から殿下と似た名前を付けたという、あの王女様ですね?」
「はあ……その話は聞きたくない……」

 マティアスがからかい気味に言えば、ルイードからは溜息が漏れる。

「ルナは命をかけてこの国を守っているというのに……」
「殿下、」

 ルイードの言葉にマティアスが遮る。

「……すまない」

 ここはルイードの執務室だ。安全とはいえ、どこで誰に聞かれているかわからない。妹の名前を出すことさえ制限されている。

 マティアスは無言で笑顔を作ると、パチン、と指を鳴らした。

 薄い透明な膜がルイードとマティアスを包む。

「これで少しの間大丈夫ですよ、殿下」
「お前の聖魔法は凄いな」
「それほどでも」

 ルイードの言葉にマティアスはニコニコと微笑む。

「俺は聖魔法の家系に生まれただけの恵まれたやつですから」
「謙遜をするな。魔法を使いこなすかは本人の努力次第だ」

 この国では聖魔法の力を持つ者だけが魔法を使える。その魔法も人によって使える技は様々で、マティアスは外部に音を漏らさない遮音の空間を作ることが出来た。

 密かに仲間を募り、宰相に見つからないように行動するルイードにとっては頼もしい力だった。

「殿下はあの王女様が本気で国民のために変われると?」
「責めてくれるな……気の迷いだ。あれでも妹だからな」

 マティアスの問にルイードは自嘲気味に笑う。

「で? 殿下派の貴族たちはどうなんです?」
「皆、宰相を恐れるあまり、決断には至らない」
「今や教会も発言力を強めていますからねえ。シモンは何て言ってるんです?」

 マティアスからシモンの名前が出る。その名前もこの空間内なら気軽に出せる。

「いっそのこと、聖女祭で国民の不満を爆発させてやればといいと言っている」
「はは! 豪快なあいつらしい!」
「しかし、それで魔物が街に現れてみろ……ルナ一人に負わせられない」

 笑うマティアスとは反対に、ルイードの表情は険しくなる。

「俺たちを頼ってくれないんですかねえ……。近衛隊は皆、殿下のためにいつでも動けますよ? シモンだけじゃなくて、俺たちも頼ってください」
「何だそれは」

 呆れたように話すマティアスに、ルイードが怪訝な顔で聞く。

「俺はねえ、()いてるんですよ。当時、殿下の影として動いていたシモンを、ルナセリア様のために警備隊にやったことを。俺でも良かったんじゃないかって」
「お前には近衛隊を守る義務があっただろう」

 マティアスからそんな想いを聞くのは初めてで、ルイードの瞳は驚きながらも、表情は崩さずにいた。

「はは、シモンの方がよっぽど腕が良いのに、貴族ってだけで、聖魔法の家系だからってだけでこの地位に俺はいます」
「……それだけでは無いだろう。私はお前がいないと困る」
「……ありがとうございます」

 ルイードの言葉に、マティアスは何だか泣きそうな表情で笑った。その表情にルイードの口角も上がる。

「お前が弱音を吐くなんて初めてだな」
「俺が弱み見せたんだから、今度は殿下の番です」
「……何だそれは……」

 マティアスの無茶苦茶な理由に、ルイードからは笑みが溢れる。

「……貴族もですが、一番決断しないといけないのは殿下なんじゃないですか? 本当はわかっていますよね?」
「……ルナを犠牲にしろと?」
「ルナセリア様をみすみす殺させたりはしませんよ。そのためにエルヴィンを送り込んだんでしょう?」
「お前は頭が切れすぎて嫌いだ」

 さっきからズバズバと耳の痛いことを言ってくるマティアスに、ルイードは眉をひそめた。
 王太子として完璧であろうとするルイードにとって、マティアスは唯一気が許せる人物だった。

「ずっと殿下の側におりましたので。それに、私も大切な部下がルナセリア様をお守り出来て嬉しいですよ」

 そんなルイードをマティアスも時には弟のように思っていた。ルイードよりも12歳年上のマティアスは、ルイードが生まれた時から側仕えとして一緒にいた。

 二人が話していると、ルイードの執務室をノックする音が聞こえた。マティアスが扉まで赴くと、近衛隊員が立っていた。

 近衛隊員から耳打ちで伝達を聞いたマティアスがルイードを見る。

「どうした?」

 ただ事ではなさそうなマティアスの表情に、ルイードが身構えた。

「……噂をすれば、ですよ」

 そんなルイードに、マティアスは諦めたような、嬉しそうな複雑な表情で、やれやれ、と言った。
 

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