一人ぼっちの魔女は三日月の夜に運命の騎士と出逢う

42.新しい関係〜寝待ち月〜

「おはよう」
「おはよう、ルナ」

 王都での魔物騒ぎから一ヶ月が過ぎた。

 いつものように昼頃起き出したルナは、テネに挨拶をする。そして遅めの朝食を一緒に取る。

「あの聖女像、撤去されたらしいよ」
「まあ、闇の渦のせいで劣化してたしね。あのままじゃ倒壊してたかもだし」

 テネの仕入れた街の情報を聞きながら、すっかり行きつけになったあのパン屋のパンをもぐもぐと食べる。

「これでやっと国民も解放されたんじゃないかな?」
「そうだと良いな」

 テネの言葉に、ルナの脳裏には先日死刑が執行されたという宰相と教会関係者のことが浮かぶ。

 その日の夜にその広場を訪れたが、すっかりそんなことは無かったかのように綺麗ないつもの街並みが広がっていた。さすがに街を歩く人々はまばらで、静けさだけがそこにあった。

 ただ、おどろおどろしい空気が広場に漂っていたので、ルナはその地を鎮静して帰った。

 宰相の黒い思念がその場にこびりついたかのような空気の悪さだった。念のため、毎日その場を訪れて注視しているが、今の所は大丈夫そうだ。

 朝食を食べ終えると、日が沈むまでいつもの薬作り。

「で、それは何を作ってるの?」

 いつもの薬とは別に、特別な薬を作っていたルナはニカッと笑う。

「これは、クロエの薬だよ!」

◇◇◇

「クロエー」

 いつも通りに裏口から入ると、クロエが呆れた顔で告げる。

「もう表から入っても誰にも咎められないって言ってんのに、どうしてそこから入ってくるかね」
「あ、ごめんごめん、癖で。それより、これ。つわり、どう?」

 うっかり顔のルナは、納品の薬とは別に、クロエに専用の薬を差し出す。

「ルナの薬のおかげで、だいぶ楽だよ」
「良かった! すっかり大きくなったね」

 クロエの大きなお腹を繁々と見ながらルナはカウンターに座る。

「旦那は今から、娘だったら嫁にやりたくないって騒いでるよ」
「ふふ、シモンさんらしい」

 シモン、クロエ夫妻とはごくたまに食事に行くようになった。もう魔女だからと気にしなくても良いし、仮にバレてもクロエが咎められることは無い。

 ルイードの治めるこの国は安定してきている。

 シモンも騎士団長になってから忙しいはずなのに、ルナとクロエと三人での時間を作ってくれて、ありがたい。そのときに国のことやルイードのことを教えてくれるのだが、主に、エルヴィンの近況を教えてくれる。

 エルヴィンは今はルイード付の近衛になり、兄に付いて国中を視察に回っているらしい。

「で? あいつとはどうなの?」

 クロエがカウンターから出てきて、隣に座る。大きなお腹がもう辛そうだ。

「どうもこうも……お兄様に付いて国中を回ってるんだから、忙しいのは知ってるでしょ? あれから会ってないよ……」
「まったく、何してんだか、あいつは」

 クロエが呆れた声を出す。

『君が好きだ』

 あの時、エルヴィンにそう言われた時、ルナは答えることが出来なかった。

『必ず君に逢いに行くから、君の気持ちをその時に聞かせて欲しい。俺は、君とずっと側にいたい』

 あれは告白だったのか、プロポーズだったのか。

『俺が贈った外套を着て、あの高台で待っていて欲しい』

 エルヴィンはそう言った。

(深く考えては無いんだろうけど、あの色を着るってことは……)

 そこまで考えて、顔が熱くなってきたので首をぶんぶん振る。エルヴィンの言動に振り回されるのは良くない。

「で? ちゃんと素直に返事するんだろうね」
「……うん」

 クロエの問い詰めに、ルナは赤くなりながらも答える。

 今度はちゃんと、自分も好きだって伝えよう。何の肩書もない、ただのルナを、エルヴィンはまっすぐに一人の女の子として好きだと伝えてくれた。ずっと一緒にいたいと。

「ずっと一緒にいたいと思ったのは私が先なんだから」

 エルヴィンの言葉を思い出して、少しだけ腹が立った。

「あーもー、可愛いっ!」

 クロエからは頭をぐしゃぐしゃにして撫でられてしまった。

「でも良かったよ。あんたたちがようやく落ち着きそうで。私はしばらく産休に入るからね。店は信頼出来る子に頼んであるから、変わらず納品よろしくね」
「うん……」

 しばらくクロエにも会えない。そんな想いがルナを少しだけ寂しくさせる。

「赤ちゃん、会いに来てよね」
「いいの?!」
「あったりまえでしょ! アリーにも見て欲しかったなあ」

 目を細めてお腹を撫でるクロエは幸せそうだった。

(いつか私も、そんな未来が望めるのかな?)

 そう考える自分に恥ずかしくなり、ルナはまた顔を赤くした。

「今日、テネくんは?」
「テネは猫集会だって!」

 テネにも最近、良い感じの(女の子)がいるらしい。その()の話をする時は何だか幸せそうだ。

 クロエと別れ、ルナはいつも通り街を離れて高台の階段を登って行く。テネもいない、今日は一人だけど、寂しくはない。

 下に広がる街の明かりが平和に灯り、ルナの心はポカポカとする。

 階段を一歩一歩登りながら、月を見上げる。

 満月が過ぎ、月は欠けていっている。月の出は遅いが、今はすっかり上空で光を放っている。

 手を広げ、空気をめいいっぱい吸い込むように、ルネは月の光を身に受ける。

「ルナ」

 気配もなく、急に後ろに人の気配を感じ、振り返ると、近衛隊の制服を来たエルヴィンがすぐ側に立っていた。

「エルヴィンさん?! もう! 気配殺して後ろに立たないでよ!」
「はは、ごめん。驚かせたくて」

 ルナの拳を受け止めながらエルヴィンが表情を崩す。

「ルナ、待たせたな。会いたかった」

 月の光がエルヴィンのオレンジ色を照らす。ルナの外套と同じ色。

ルナはそのオレンジ色に向かって、顔をほころばせた。その表情が「私も」という返事になっていた。

 ルナはもう一人ぼっちじゃないし、寂しくない。

 逢いに来てくれる騎士(ひと)がいるから。


fIn.
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