その恋、まぜるなキケン
杏奈が最後の出勤の日、旭はタケウチの店に顔を出した。


「急に店辞めてもらうことになってごめんな」


「ううん。旭さんが紹介してくれたクラブのママさん、とってもいい人だったから私すごく楽しみなんだよ!」


杏奈を引き抜くなとタケウチには散々文句を言われたが、そうやって惜しまれるほど彼女は必要とされる存在になったのだ。


だから旭は、彼女が自分の努力で手に入れた居場所を取り上げてしまう結果になったのが申し訳なかった。


でも彼女の表情を見れば新しい場所でもその心配は不要だと分かった。


「そういえば旭さんって、お客さんとしてお店に来てくれたことないよね?」


「妹みたいに可愛がってるやつにシてもらうなんて考えらんねーよ。俺逮捕されるって」


「妹みたい、かぁ。ハッキリ言うなぁ旭さん……」


アハハと切なそうに笑う彼女に旭は「アレ?」と胸騒ぎがした。


自分は何か大事なことを見落としていたのかもしれない……。


彼女が少しずつ近づいてきて、先日真紘に言われた言葉が頭の中をよぎる。


〝思わせぶりな態度は絶対にしちゃいけないと思う〟


マズイと思った旭が自分の気持ちをハッキリ伝えようと口を開きかけると、勢いよく背伸びした彼女の唇が旭の口元を(かす)った。


「次のお店には絶対に来てね?それから、高いお酒もよろしくネ!」


彼女はしてやったりな顔をしていた。


〝返事は分かっているから〟と言われたような気がして、旭は口を(つぐ)む。


その時、ちょうどスタッフが彼女を呼びに来て、杏奈は旭に手を振りながら部屋を飛び出して行った。


彼女のその無邪気さは、出会った頃のままだった——。
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