角砂糖が溶けるように

6-2 お化け屋敷

 文化祭当日。
 午前中にお化け屋敷の受付の係になっていた麻奈美は、予定より早めに登校した。荷物を指定の場所に置いてから、貴重品だけ持ってお化け屋敷会場へ向かう。
 企画の段階では自分たちの教室を使うようになっていたが、後になって予定を変更した。修二が妙に熱心に取り組み、お化け屋敷に票を投じた生徒たちも一緒になり、普通教室一つではセットが納まらず、校内に一つだけある大教室を貸してもらうことになった。
「この意欲、勉強に向けられたらいいのにね」
 麻奈美が言うと、修二は、へへん、と笑った。
「俺がどうしてここまで頑張ったか教えてやろうか?」
「別にいいよ。それに私、お化け屋敷にはあんまり良い思い出ないし」
 実は麻奈美は、幼稚園の頃からお化け屋敷の類が嫌いだった。
 友人たちと遊園地に行ったときも、嫌がるのを無理やり入れられた記憶がある。
「そういえば、中学の時もそんなこと聞いたなぁ。俺が待ってやってたのに、ぐずぐずしてるから一人になるんだよ」
 友人たちと大勢で行った遊園地で、入ることになってしまったホラーハウス。それには修二ももれなく同行していて、友人たちはさっさと中に入ってしまっていた。麻奈美は入口すぐのところで立ち往生し、後から来た若者たちに紛れて押されてしまい、かなり真っ暗なところで一人になった。出てくるまでの数分間、何度もお化けに脅かされ、幽霊に追いかけられた。あれほど怖かったことはない。
「でもま、ここは仕掛けしか用意してないし、幽霊が出てきても一人だからな」
 両方の手を腰に当て、修二は自分が作り上げたお化け屋敷を自慢気に見た。
「その幽霊も修二だからねぇ……」
 思うほど怖いものではないかも知れない、と麻奈美は思ったし、実際、試しに通ったクラスメイトの話でも、大した仕掛けはなかったらしい。
「ああ、あれまだ未完成だったから。また追加しといたよ。確か、入ってすぐのところで後ろから冷たい風が吹いてきて──」
 内部の仕掛けを細かく説明する修二を余所に、麻奈美はやってきた友人たちと挨拶をしていた。今年の文化祭は学園創立五十周年と重なるとかで、運良く他校の文化祭とは違う日取りになった。麻奈美はもちろん、千秋と芳恵も、中学時代の友人たちを招待していたし、何より千秋の彼氏と対面できたのが麻奈美は嬉しかった。
「へぇー……かっこいいね」
 千秋の彼氏が一緒に来た友人たちを話しているとき、麻奈美が言った。
「ふふふ。ありがとう。麻奈美ちゃんは? 芝原先生」
「あ──そのうち来るよ。いつかは知らないけど」
 文化祭の準備をしていたある日、麻奈美は担任に呼ばれた。
 そして、採用試験に合格した学生は文化祭に招待している、という話を聞かされた。
「詳しくは聞いてないが、川瀬には世話になったと言ってたぞ。毎日会ってるだろうが、一緒に回ったらどうだ? はっはっは」
 本気なのか冗談なのか、担任は笑いながらどこかへ消えた。
 学校を出て大夢に行って、芝原にそれを確認した。
「私たち、みんな麻奈美ちゃんと先生のこと知ってるし、それに、受付も午前中だけでしょ? 芳恵ちゃんもたぶん光輔君と回るだろうし──片平君が問題だけど──麻奈美ちゃんは先生と楽しんだら?」
「で、でも、そんな関係じゃないし……」
「またそんなこと言う! 嫌われてないんだから! お店以外では会わないんでしょ?」
 そういう千秋に押され、麻奈美は芝原と一緒に回るという予定を勝手に入れられてしまった。彼と二人きりで過ごしたことは何回かあるが、遊びに行ったことはない。
 それに、この学校の生徒の大半は、芝原のことを知っている。顔を覚えている生徒ももちろんいる。
「確かに、名前は覚えてるかもしれないけど、顔とセットで覚えてる人って少ないと思うよ。一緒にいたら先生だとは思わないよ。お兄さんだと思えば」
「お兄さん、か……」
 と溜息をついた頃、学校に入った先頭集団がお化け屋敷に並び始めていた。
 麻奈美は話すのをやめて受付の席につき、「暗いので足元注意してください」と言いながら、客たちを時間差で中に入れた。修二は、いつの間にか、幽霊の仕事をするために中に入って行ったらしい。
 去年、クラスで扱って好評だった片抜きは、今年も違うクラスで採用されていた。
「あとで時間出来たら行こうね!」
 とパンフレットを見て友人たちと話しながら、麻奈美は受付を頑張った。お化け屋敷には教室の前から入って後ろから出るようになっていて、受付は廊下に設置されている。出てきた人たちの感想も、すぐそばで聞くことができる。
「真ん中あたりで、何か足元走らなかった?」
「走った! 何あれ、ネズミ?」
「幽霊みたいなのも、いたよね……」
「いたいた! 思いっきり、足見えてたけどね!」
 それはもしかして修二?
 お客さんの反応は、どちらかといえば『怖かった』が多かった。それなら麻奈美の答えは決まっている。このお化け屋敷には、絶対入らない。
 時計の針は十二時を指し、麻奈美は受付を交代して昼ごはんを食べに行った。もちろん、弁当を持ってきている生徒はおらず、全員、文化祭に出されている飲食店を利用する。おにぎりやサンドイッチを扱っているところもあれば、クッキーやジュースを売っているところもある。
「思ったより、評判良かったね」
 中庭で千秋や芳恵と、麻奈美はおにぎりを頬張った。
「これからどうしよっかなぁ。まず、型抜きしようね」
「そうだね。それが終わったら──終わるのかな……別行動する? その頃には、来てると思うし」
 千秋と芳恵が麻奈美を見たのは、それが芝原のことを指していたからだ。
「別行動かぁ……」
「それで、去年みたいに講堂で待ち合わせしようよ。時間は特に決めないけど」
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