新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

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(執務室ではないと言えないこと……。愛人とか隠し子とか……まさか早々に離縁を要求とか……)

 シルヴィアの頭の中で「アレクセルから告げられそうな衝撃的台詞」をいくつも思い浮かべていた。

(本来なら修羅場に発展しそうな展開だけど、大丈夫。わたしはお飾り妻なのだから、何があっても冷静に受け止めなければ。
 後考えられることは、まさか男色とかですか……!?)

 新たな疑惑を生み出しつつ、シルヴィアはアレクセルの待つ執務室へと向かった。

 オーク材の扉を叩くと軽快な音が鳴り響く。中から「どうぞ」という声が聞こえてからノブを回した。

「失礼致します」

 シルヴィアが部屋に入るのを、相変わらずの穏やかな笑みで迎え入れてくれたアレクセル。
 そんな彼は騎士服から白シャツにトラウザーズといったシンプルな装いとなっていた。


「来て下さってありがとうございます。ここからお話すること、今からお見せする物はどうぞご内密にして頂きたいです」

 そう言ったアレクセルは上質な布に包まれた物を取り出し、それを解いていく。

「短剣……?」

 布に包まれていたのは短剣。それも鞘には古代文字が書かれた、呪いの儀式などに使われそうな禍々しい見た目をしている。

「はい。こちらはギルバート殿下の御婚約者、レティシア嬢の滞在されていたお部屋から見つかりました。丁度出立される前日に、レティシア嬢ご本人が発見されたようで、かなり怯えていらっしゃいました」

「レティシア様が……」

 シルヴィアは短剣を視界に映しながら、心中で目を眇めた。

「手にとって見ても大丈夫ですか?」

「お願いします。そしてこれは魔法が宿っていたり、呪いが込められているかどうかも、鑑定出来るようでしたら調べて頂きたいのですが」

 シルヴィアは短剣を手に取り、まずは鞘を触ったり眺め、そして鞘から短剣を引き抜いた。

「魔力はこれっぽっちも感じませんし、鞘や刃に書かれているのは、確かに古代文字ですが特に力も感じません。
 それにこの短剣自体が年代物という訳でもないですし、何かの模造品か丁寧に作られた飾りだと思います」

「こんなに短時間で分かるのですか」
「はい。僅かな魔力でも帯びていたら分かりますもの」

 アレクセルの眼差しは驚きと感心を含んでいた。

「なるほど。ではこれは宮廷魔術師の管理物、という訳でもないと言うことですね」
「ウチで管理しているものは、魔力のある物ばかりなので、違いますね」

 少なからず宮廷魔術師も、今回の事件に関与している可能性があると見られていたようだ。これで疑いが綺麗に晴れたかどうか分からないが。しかしアレクセルは王太子の近衛騎士。仕える主君の婚約者を守ることも、当然彼の仕事であり、少しの違和感も見逃すまいとしている様子が伺える。

「疑っていた訳ではないのですが、家にいる妻が丁度宮廷魔術師だったので、意見を貰おうと思いまして」

 アレクセルの言葉に緊張が走る。シルヴィアはレティシア嬢の親しき友人であり、彼女に危害を加える事は一切ないと誓える。
 それでもアレクセルは、自分の僅かな反応すら見逃すまいと、伺っているのではと思えてくる。

 そんな妻を見て、アレクセルは眉尻を下げて苦笑した。

「こんな事で結婚が役に立つなんて、思いもしませんでしたよ。王宮は誰が聞いてるか分かりませんが、この邸の自室や執務室なら安心ですからね、話は以上です。ありがとうございました」

 アレクセルが言うと、シルヴィアと同時に立ち上がり、部屋のドア付近まで見送ってくれた。

「今夜は久々に早めに帰れたので、私は溜まっている家の仕事をしようと思います。シルヴィアはゆっくり休んで下さいね」
「ありがとうございます」

 礼を言い、シルヴィアが扉に手をかけようとしたその時、不意に背中に体温を感じた。驚き反応する前に、身体へと腕が回される。

「!?」

(体があたたかい……?密着してる……!?)

「早くこの件にケリを付けて、ちゃんと家での時間を作るようにしますから」

 抱きしめられたまま、甘い囁きが耳元に落ちて来る。
 振り返ると、含みも翳りもない眼差しに見つめられ、シルヴィアは心臓が止まってしまうのではないかと思った。


 **

 アレクセルの言う通り、内密にしたい話なら王宮よりこの邸内ですませるのが得策だろう。

 だからと言って日々忙しくしているアレクセルが、シルヴィアに話があるというから何事かと思えば、家に帰ってまで仕事の話だったとは──


 今日の午後はシルヴィアとその同僚達に混ざって、アレクセルがカフェに付いて来たのは、もしかしたら宮廷魔術師達の動向を見張るためとも考えられる。

 シルヴィアが当初から抱いていた印象より、きっと彼は騎士としての自分に重きを置いている。

 疑われたり、信頼されないのはやはり悲しいが、その部分はこれから少しずつ構築していけばいいとシルヴィアは思い始めていた。

 ──何より王太子の騎士として生きる、旦那様の生き方を尊重したい

 しかし晩餐の時見せた意外な反応や、先程抱きしめられ、甘く囁かれた場面が脳裏から離れない。
 一体、どれが彼の本心で、そして本来の姿なのだろうか。
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