新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

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 現在十七歳と適齢期でもある、伯爵令嬢シルヴィアにとって縁談とは、然程驚く話では無いはずだ。
 しかし訳あって実家の伯爵家では縁談の話題が出る気配もなく、シルヴィアは完全に油断していた。


 そんな折に何故か王太子からの提案。ということは、少なからず陛下のご意向も含まれているのでは無いか、そう邪推してしまうのは当然のことだ。つまり王命。

「何故……ですか……」
「お兄様は可愛いシルヴィアが政略結婚で辛い思いをしたらと思うと……耐えられないんだ」

 ギルバートは大袈裟に胸を押さえる仕草をしてみせる。その芝居掛かった様を見ながら、彼は煽りの天才かもしれないとシルヴィアは思う。
 だが、彼のペースに惑わされてはいけない。

「今まさに、謎の政略結婚に巻き込まれそうなのですが?
 まぁ一応貴族に名を連ねておりますから、政略結婚も覚悟はしていました。それでも、一生独身でもいいかなと思っているのが本音だったりします」

 あっけらかんと話すシルヴィアは、決してやさぐれている訳ではない。彼女は生涯、宮廷魔術師として身を置く未来を想定している。

「一生独身か、お前はいいかもしれないが魔力持ちで、貴族令嬢なのに宮廷魔術師として働く変わり者。
 今はいいが、この先そんな行き遅れ伯爵令嬢の姉がいると知れ渡ったら、お前の弟妹の縁談にも支障が出るのではないか?」

「うっ……」

(言葉の殺傷能力半端ない……!)

 ギルバートの言葉が、鋭利な刃の如く切り掛かってきた。
 家族を出してくるとは卑怯なり。
 シルヴィアは伯爵家の養子であり、育ててくれた恩のあるレイノール家に泥を塗る訳にはいかない。

 生まれながらに魔力量が高く、加えて幼少の頃から魔術の勉強を積極的にしたいと思っていた。そんなシルヴィアにとって宮廷魔術師は天職である。

 養子先にいつまでも甘える訳にはいかないという思いもあり、今では家を出て王宮敷地内にある魔術師寮で暮らしている。

 シルヴィアは今の自分の生活状況に、何一つ不満は抱いていなかった。

「それに私、まだ宮廷魔術師を辞めるつもりありませんから」
「しかし今回持って来た縁談なら支障どころか、伯爵家にとても名誉な物だ。
 なんたって相手は名門ルクセイア公爵家の現当主だからな」
「どういうことですか、公爵家に宮廷魔術師のわたしが嫁げと。殿下はわたしに、公爵夫人になれとおっしゃるのですか?
 宮廷魔術師を辞めろとおっしゃりたいのですね……」

 宮廷魔術師を管轄する王太子からの命令、即ちクビを宣言されているのだと、シルヴィアは身構える。


「案ずるな。宮廷魔術師はそのまま続けても問題ない。それにここの家は先祖代々優秀な騎士を輩出している家系でね、有事の際は国を最後まで守り抜くという役目がある。
 前公爵夫人は身体が弱く公爵領で療養中ではあるが、その前の公爵夫人、つまり現当主のお祖母様はそれはそれは剣の腕が立つご婦人だったと言われている」
「それは凄いですね……」

 剣と魔術、目指す場所は違えど、強い女性であるその人にシルヴィアは尊敬の念を抱いた。


「だから魔力持ちの強い嫁は都合がいいそうだ。家柄も申し分なく、国のためにも戦う事ができ、自身の身を守ることができる妻として」
「都合がいいって……確かに貴族の婚姻とはそういう物ですが」

「それにお兄様としても、出入りの多い王宮内の魔術師寮に可愛いシルヴィアを置いておくより、鉄壁の守りを持つ公爵家にいてくれた方が安心なのだよ。
 そしてルクセイア公爵は私の近衛騎士団団長であり、国家機密にあたる王室宮廷魔術も私の管轄にある。何かと仕事の面でも融通を利かすことは可能だ。シルヴィアは結婚しても、宮廷魔術師は続けたいだろう?」
「それはそうですが……」

(もしかしてこの婚姻は、殿下にとって都合がいいという意味ではないかしら?)

 昔から付き合いのあるこの王太子は、自分自身の利益を優先して動くのは分かりきっている。
 だからと言ってシルヴィアを陥れたり、不利益となるような提案もしない筈だ。多分。


「あとかなりの美形だとお兄様は保証するぞ」
「そんなスペックの高い方が、わたしなんかとの結婚を承諾されるでしょうか?」
「向こうは乗り気だそうだ」

 なんともう既に、ルクセイア公爵家に縁談を持ち掛けていたらしい。驚くと同時に、相手がこの縁談に乗り気だという事実にシルヴィアは絶句した。

(信じられない……)

 あまりの好条件に、何処か落とし穴はないかとシルヴィアは、疑惑たっぷりに心中で目を眇める。

 そんなシルヴィアに、ギルバートがキラキラと笑みを浮かべながら言葉を紡ぐ。

「何度か会う機会を設けるから、安心しなさい。ああ、あと公爵はとても女性にモテるから。
 噂では愛人や各地に色んな女が何人もいるらしい」
「それはクズですね」

 それが夫となるアレクセル・フォン・ルクセイアの第一印象だった。

 やたらと好条件すぎて怪しいと思ったら、やはり落とし穴があったか。

(安心とは?)
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