新婚なのに旦那様と会えません〜公爵夫人は宮廷魔術師〜

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「そういえば公爵様はどちらに?」

(あ、忘れてた)

 令嬢の一人に尋ねられて思い出したけれど、部下との話が終わればすぐに迎えに来る、と旦那様はシルヴィアに言っていた。

「あ、いらっしゃいましたわ」というマリエッタ嬢の視線の先を確認してみると、確かにいた。
 それも、複数の女の子達に取り囲まれた状態。
 シルヴィアの方も一応は囲まれているのだが、何だか規模が違う。

(旦那様!すぐ迎えに来るって言ってませんでしたー!?)

「群の中にいらしても、公爵様は目立つからすぐ見つけられますわね。
 皆様ここぞとばかりに、公爵様に群がって……夜会に公爵様が参加されると、いつもあんな感じになってしまうのです」

(確かに、群がるって言葉がピッタリかもしれない……)

「相変わらず公爵様は大人気ですわね、ご結婚されていても。でも安心なさって下さい!誰もシルヴィア様に敵いませんわ」

 もしかして励まされてるいるのだろうか?最初は取り囲まれて驚きはしたが、皆無害で良い人達な気がする。
 現に彼女達からは微塵も敵意は感じられない。

(社交界とは男女問わず、もっと貴族同士のドロドロとした嫌味合戦が繰り広げられるものだと思っていたけれど、案外普通な方も多いようですね)

 シルヴィアの眼前では、令嬢達が可愛らしい声で穏やかに会話を繰り広げている。

「でも公爵様は昔から注目の的でしたけど、特定の女性とお噂になったりはしませんでしたよね?」
「そうですわよね、公爵様の方から積極的に誘ってるのは見たことないですわ。特定の方とのお噂となると……」
「ギルバート殿下くらいですわよねっ」


 全然穏やかじゃなかった。
 聞き捨てならない名前に、シルヴィアは反応してしまう。

「え……ぎ、ギルバート殿下……?」

 ちょっと何言ってるか分からない令嬢の言葉を、聞き流すか聞き返すか、一瞬だけ逡巡したが結局気になる心に抗えなかった。

「美しい王太子様と、王太子様の麗しの騎士ルクセイア公爵様の大人気なカップリングなのです」
「……」

(全然普通の方じゃなかった!?前言撤回!そもそもカップリングって何!?)

 シルヴィアが今までの人生で知るはずもなかった新世界の出来事を、マリエッタ嬢は目を輝かせながら語る。

「今はレティシア様というご婚約者がいらっしゃいますが、殿下ったら中々お妃様候補をお決めにならなかったでしょう?それなのに、ご自分のお側に置く騎士は美形揃いでしたから。そのようなお噂が……」
「嫌だわ、お噂と言ってもわたくし達の願望の声が、大きくなりすぎたのですわ」

 なるほど、と納得しかけたがする訳がない。しかもその相手が自分の夫となると尚更だ。

「殿下はシルヴィア様のお兄様とも仲がよろしいとお聞きしました。こちらの組み合わせも大変人気で」
「お、お兄様はそんなんじゃありませんっ」

 シルヴィアは遮るように否定をした。

「そうなんですのね……」

(何でちょっと残念そうなの! ?あ、お兄様のことは即否定しましたが、旦那様の件は否定し忘れてました。でも私、旦那様のことをよく知らないから、許してくださいませね?
 殿下?知りませんよ。男色ではないと思いますがちょっとザマァ。でもレティシア様を悲しませたら、わたしが容赦致しませんから)

 残念そうな表情のマリエッタ嬢に内心苦笑いしつつ、何とか笑顔を張り付かせたまま乗り切った。


「あ、わたくし少し喉が渇きましたので、飲み物をとって参りますね」

(飲み物を取るついでにご飯を食べよう、何だか知らない人達に囲まれたから、疲れたしお腹が空いてきた……。エネルギー補給は必要よね。端から順に味見していこうかしら)


 踵を返しそそくさと女性陣から離れると、軽食が用意されている一角にシルヴィアは歩みを進めた。
 だが、そんなシルヴィアに声が掛けられる。

「すみません」
「はい?」

 シルヴィアが振り返ると、鉄色の髪を後ろに撫で付けた、三十前後と思しき男性が立っていた。男性は微笑み掛けながら口を開く。

「私と踊って頂けませんか」
「よ、喜んで」

 シルヴィアの顔は再び引きつりかけた。
 ホールの真ん中へ行き、曲が始まれば手を取られて楽団の音に合わせて踊り始める。

 この事態になり、レオネルやテオドールが令嬢達と踊るのを回避するため、防波堤を求めていたこと。その気持ちがやっと分かった。自分が強制的に防波堤にさせられていたと思っていたら、同時に彼らは自分の防波堤でもあったのだ。

 そんな事実に気付いて、これからはもう少し優しくしてあげようかと密かに思う。

 しかし一人と踊れば、また別の男性が声を掛けてくる。相手の誘いを断れなくて、二曲続けて踊るはめになってしまった。今度はロマンスグレーのおじ様。

(何でこんなことに……)

 よくやく二人目と踊っていた曲も終わりを迎えた。これ以上は足がもたない。何よりご飯が食べたい。
 流石に二人目以降は誘われても、断わろうとシルヴィアが決意した瞬間──後ろから肩に手を置かれてしまったた。
 その手は明らかに男性の物であり、流石にいきなり身体に触れられるのは驚く。


「ごめんなさい、わたくしそろそろ……」

 振り返って睨みつけるように姿を確認すると、アイスブルーの瞳と視線が交わる。
 中性的で美しい面立ちが、シルヴィアを真っ直ぐ見つめていた。


「お兄様!?」
「シルヴィア」

 彼はシルヴィアの実家、レイノール家の嫡男シリウス=レイノール。普段の彼は伸ばした髪を下ろしているか、緩く束ねて胸元に垂らしている。今夜は夜会とあって背中まで伸ばしたプラチナブロンドの髪を、きっちり真後ろで束ねている。
 正装したシリウスの姿は完璧な貴公子だった。

「探していたら、珍しくシルヴィアが踊っていたから驚いたよ」
「ちょっとした成り行きで……」
「疲れただろ、あまり食べていないんじゃないか?さ、向こうに行って甘い物でも食べに行こう」

(やっぱりお兄様は、私のことを凄く理解してくれてる……)

 疲弊した精神に染み渡る、妹思いの兄の優しさ。

 レイノール家に養子として迎えられたシルヴィアは、あまり社交界に顔を出すことはなかった。それ故に養子先に疎まれているのではないか、そう邪推する者もいたが、実際は全くの見当違い。
 レイノール家は、シルヴィアに他の兄弟と変わらぬ愛情を注いでくれた。弟妹達はシルヴィアにとても懐いており、またシリウスはシルヴィアを溺愛しているといって過言ではない。つまり彼はシスコンである。

 シリウスは妹の肩を抱き歩み進める。シルヴィアは今度こそ、念願の軽食の方へと辿り着くことが出来たのだった。
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